今日の『虎に翼』を見て(6/14) | ホッと ひといき・・・

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今日(6/14)の『虎に翼』

 

 

昭和23年(1948年)12月1日

東京少年少女保護連盟の学生たちが

家庭裁判所設立準備室にやって来て。

少年審判所&家事審判所の人々らに

自分たちの活動や思いを伝える。

 

この2日前、直明が帰って来て

仲間達が、意義のある仕事をしている

お姉ちゃんによろしく

応援しているって言っていたことを

キラッキラと目を輝かせて言う。

「お姉ちゃんは立派だよ」と。

 

この、キラッキラな直明らに

かけてみよう…と思い立ち

寅子が仕掛ける。

 

若者の熱意やキラッキラに

すっかり取り込まれる、大人たち。

対立していた双方ともに

見ている方向は一緒ということを確認し。

 

「僕らも全国の学生が団結することで

支援が広がっています。

お二方の所属する組織が団結すれば

より多くの子供たちを救うことが出来ます。

大人の事情があるのだとは思いますが

それを取っ払い手を取り合えるのは

本当にすてきなことです。」

 

と、直明が言うと、皆 涙ぐみ。

檀も浦野も意気投合。

多岐川が「今こそ一丸となりましょう!」

と、もって行く…じゃなくて〆る・

 

これをきっかけに

少年審判所と家事審判所の合併に

反対する声は減って行き。

めでたし めでたし拍手拍手拍手

 

 

桂場が言っていた

『見栄や詭弁が混ざっていない

純度が高い正論』

というのが、直明だった!!

純粋な、彼らのおかげで、

家庭裁判所設立は やっと動き出す。

 

が…全都道府県にて

問題は山積み。

東京に関しては、場所探しからガーン

 

みんなの熱意で、やっと

東京家庭裁判所の場所が決まり。

そこに移ったのは12月31日。

猪爪家も直明の大学の者も総出。

 

日付が変わる頃までかかり。

やっとなんとか終わった頃。

最後の仕上げに…と、

花岡夫人の絵画が飾られる。

 

チョコレートを与える手

それをもらう子供たちの手

「チョコレートのおかげで久しぶりに

家族が笑顔になれたんです」

という、花岡夫人の言葉を思い出す。

 

 

人間 生きてこそだ。

国や法、人間が定めたもんは

あっという間にひっくり返る…。

ひっくり返るもんのために

死んじゃあならんのだ。

 

法律っちゅうもんはな

縛られて死ぬためにあるもんじゃない。

人が幸せになるためにあるんだよ。

幸せになることを諦めた時点で

矛盾が生じる。

 

彼がどんなに立派だろうが

法を司る我々は彼の死を非難して

怒り続けねばならん。

その戒めに この絵を飾るんだ。

 

 

多岐川が話し終わる頃に

除夜の鐘が鳴り、年が明ける。

 

おせち料理やお酒を飲食し

多岐川は、酔いつぶれて寝る。

 

 

汐見から多岐川のことを話される…

 

多岐川さんは自身が死刑判決を下した

死刑囚の処刑を見に行ったことがあり。

その日以来、怖くなった。

死刑を求刑したくないあまりに

判決を捻じ曲げてしまうかもしれない。

 

それからは多岐川さんは

凶悪事件を受け持たなくなった。

彼の言葉を借りれば

『逃げた』んだ。

凶悪事件から逃げ出した

自分が許せなくて

自分を責め続けていた。

 

けど、朝鮮からなんとか

引き揚げてきて

上野の駅に降り立った時

駅周辺にたくさんいた子供たちを見て

「俺が逃げずにいられるものを

見つけたぞ」って思った。

 

子供たちを幸せにしたい。

そのために、もう死んでも逃げない。

 

彼らのために残りの人生を

全てささげよう。

未来に種まく仕事をしよう。

もう二度と逃げる自分を

責めたくないから。

 

一人では心細いから…と、

汐見と香子に

「君たちにそばで支えてもらいたい

子供たちの幸せのために」と。

 

 

挫折して逃げ出したトコは

寅子と同じ感じで。

寅子「その気持ち、少しわかります」と。

多岐川も、「佐田さんは自分に

ちょっと似ている」と言ってた。

 

大きな挫折から立ち直り

逃げずにがんばっている多岐川

大きな挫折から立ち直りかけ

がんばっている 寅子?

 

寅子は

「二度とこっちの世界に戻って来るな」

と言ってた よねと会っていないから。

まだ 大きな挫折から

立ち直ったわけではない…

と思っています。

 

でも、来週、よねとも再会し。

キッツイ言葉を浴びせられ

そこから ホントに意味で再起するはてなマーク

 

 

寅子にとって

弁護士をあんな形で辞めたのは

大きな挫折だろうけど。

 

よねにとっては 寅子から

何の相談も報告もなかった

→友情を裏切られた感

があるから。

これもまた、寅子から

大きく傷つけられていて。

トラウマになっているような

気もしてね。。。

(心の傷的には、こっちの方が

大きいような気もする)

 

轟に「一緒に事務所やろう」って

声をかけることも、ある意味

一大決心ではかったのか?

と思うところがあり。

それが出来て良かったなぁ~

と思った、月曜日でした。

 

 

今日の最後は、

昭和24年(1949年)1月1日

家庭裁判所が生まれた初めての朝

多岐川から起こされた

準備室メンバーに

「この光景をどうしても君たちと一緒に

見たかったんだよ」と。

そう言う多岐川は、正装で感無量。

他のメンバーは、寒い中起こされ

ブルブル震えていましたあせる

 

 

 

このドラマ『虎に翼』は

大きなことを達成したときに

感動する…のではなく

感動とは無縁なモノ

どっちかといえば残念感?

みたいなものが

ついて回っているような

気がします。


でもでも、 

実際、何か達成したときって

こんなもんだよね…

と思ってしまうところもあり。

この辺りも、リアルだなぁと。。。