わたしは知らなかったのだけど、私が
参加しているジャズ科に、 クラッシックで研鑽を積み、 あとは独学でプロになった有名なジャズ マンがいると聞いて、 びっくりした。
彼はみんなに言った。 今やっている曲を難しいと思って取り組んだらだめだ。ストラヴィンスキーの春の祭典とか、 プロコフィエフの曲と比べてごらん。 調性で考えたら、 今やっているジャズのスタンダードの仕組みなどはずっと簡単なんだ。 コードよりも、 調を考えて、 このコードの前の和音が何で、 後ろの和音はなんで、 機能はどうなっているかというところが大事なんだ。話を聞いていると、彼にはジャズの楽器として誰か先生に ついたことはないし、 ジャズの理論の授業を取ったこともないという。こけそうになった。
めっちゃ根性あってんな。いや、 その前に、 信念と自信と、 やる気があってんな。 なんだか驚愕と感動の入り交じった気持ちになって唖然としていた。その時、その場にいたとってもチャーミングな女子が、 言った。「だから、 あなたが彼に教えたモードが、 彼にとっては初めてのジャズ理論なのよ。」わたしは、驚きっぱなしで もう、 心の中の「え〜っ」という声を抑えつつ、 驚きっぱなしで話を聞いていたが、「それは... すごく光栄な事です 」というのが精一杯だった。
わたしには天と地がひっくり返ったと言ってもいい体験だった。
自分で、 自分で考えて、 自分でとことん実践して、 曲を聴いて練習してきて、 ここまでになった人がいるって凄いやん。
なんとなく、 ジャズって、 世界の違う人がする音楽、 みたいな思いがどこかにあった。 ちょっと、 悪そうな雰囲気のある人っていうか。 確かに、 理想の音楽を描いて、 練りに練ったクラシックの曲とは違うところがある。テーマにしてもソロにしても、 もっと単純なメロディだったり、 自分のその時の思いを自由に表現できるソロだったり、 身近な感じがする音楽ではある。
でも、 楽譜を見てはいけないといわれ、 なんでも覚えてすると言われ、このコードではどのスケールが弾けるか全部分からないといけない、 コード進行はだいぶん、 どうしてこのコードがここに来るのか 意味不明と思っていたことが少しずつは減ってきて、 この意味不明感、できない感は、このコードを覚えていないことに大部分が 由来していることが理解できた。 特に速いテンポでは このできない感が あったが、 きっといつの日か、 なんか晴れた気持ちでソロ弾けるような気がして続けている。 こういうアプローチをしてきてプロになった人がいるということは、 自分のやり方を見つけられたら、 出来る、 そういう気持ちにさせられた日だった。
最後、 行き着くところは録音を、 覚えるくらい繰り返して聞く。 耳コピする。書く。 自分の頭を使って分析する。 自分のスキルで自分の狙ったことを出来るようにする。 そこにいい加減さはない。録音する。道筋が見えてきた。 適当にやってた。もっと、 ちゃんとしよ、 と思った。