2022年8月17日 急に気候が変わる・体調不良 | 音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

昨日の爆睡の原因が分かった。

気候が変わり、雨の中、夫のクルマで

次男を迎えるためにロワシー空港まで

初めて行った時に、途中で寒感がしたことを思い出した。

空港には人もたくさんいたこともあり、

コロナでないことを祈っているが

朝起きたら喉が痛かった。病気になりかけている。

今日は、常備薬アOOOOAを飲んで寝ることにする。

 

今日は「ダルクローズによる

アロノフ先生のリトミック教室」

フランシス・ウェーバー・アロノフ著、板野平 監修

吉田裕昭 訳

の中から、数曲を選んで歌ってみた。

 

検索すると、わたしの持っているのと同じ表紙の本がなかった。

わたしのは、初版。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はコンピューターがストップすること数回、苛立った。

またバカンスにもかかわらず、任務で

期限の決まっていることがあると、

これしてあれしてと、段取りのことが頭を占める。

おもむろに、

「やりたいことしよっ。」

と思ったわたしはピアノを弾きだした。

今日はEm7の気に入ったジャズフレーズを書き出して

弾いてみた。左手のヴォイシングが悩ましい。

Em7で数小節続くのでポジションAとポジションB

(3度が最低音になるポジションと7度が最低音になる

ポジション)だと、跳びすぎるからだ。

4度堆積のポジションを入れるとうまくいった。

 

さて、わたしが引っ越しのたびに移動させている多量の

カセットテープがあるのを知っている夫は、数年前、

うちの町にあるLidlと言う店に、期間限定で

デジタル化する機械を売っていたので、カセットが

聴けなくなる前にデジタル化するんだったら買ったら?と

言った。うちの夫は、現代に生きる者は

コンピューター、デジタル機器が使いこなせるのが

当たり前だと思っているフシがある。うちの兄なら、

おそらく使いかたを教えてくれるのではないかと思うが、

「買ってきたよ。」とわたしが夫に見せても、わたしが

出来ると思っているのかサービス精神が無いのか、

無関心で、「できる?」とも聞いてこない。この

ウォークマン大の再生兼デジタル化の機械は

新品のまま今日の今日までうちの置いておくだけの

「肥やし」だった。でも、以前、フランス語の説明書を

ブログ記事にも載せたが、読んでみて、聴くだけなら、

ウォークマンと同じなのでわたしにもできると思った。

デジカル化まではいかなかったが、今日、カセットを

聴いたら、長い時間を経ているのに、まだよい状態で聴けた。

うれしかった。

わたしは日本の音楽大学にいた時、多くの時間を自分のピアノの

練習もしたが、伴奏の練習にさいてきた。そして、打楽器の

伴奏をよく頼まれた。

その関係からだろう、聴いたテープは

大学の生徒による「パーカッション アンサンブル」の

コンサートだった。内容が、よくて、うまくて

ショックを受けた。

 

そこから、ふと気がつくと、少しの間、自分探しの旅に、

出ていた。今日はコンサートのカセットだけを聴いたが、

明日からわたしが受けたリトミックのカセットを聴くと、

ずっとずっと昔の記憶が、もっと、よみがえってくるだろう。

自分の事だけができた若い時代。

 

今は、家族もあり、また事情が違う。

一番すごい違いは、結婚前はこんな出来た神みたいな

優しい献身的な人がいるだろうかと思われた夫が

夫の経済で日本で暮らすようになってから

豹変したことだった。ここに改めて書こうとは

思わないが、要約すると、大変やったわ。

 

さて、あしたから聴くカセットで、脳内タイムスリップ

することだろう。このデジタル用語がほぼない

わたしがフランス語で書かれた内容を理解できることを

期待して、一応、デジタル化するフランス語の説明書の部分も

読んでみるわ。

 

前は全部、長男か次男がこのアプリをタスクバーに

つけとくよと言って、わたしに必要そうなものを

その都度尋ねて、使いやすいようにしてくれていたが、

この度のわたしのコンピューターの修理のための再起動で

後付けのアプリが全部飛び、ひとつづつ、自分で何とか

元通りにしていっているところだ。

今日のわたしのナイスは、画面のイメージを抜き出す

アプリを1人でコンピューターから見つけて、すぐ使えるように

タスクバーに持っていけた事。なんだそんなこと誰でも

できるじゃないかと思う人もいるかもしれないが、

おばあちゃんとかひいおばあちゃんの時代には

日常に使っていなかったものだ。わたしにとっては

そんなものだと思って貰えばご理解いただけるかもしれない。