Wayne Shorter のYes and No は速いテンポの曲で、
BPM220から260くらいで演奏される。
その中に2拍ずつコードが変わるところがある。
速いので1拍ずつ変わる感じのテンポ感である。
そこをコード通り弾いていたが、何か他の方法はないかと
常々思っていた。
おまけにAm7,D7、 Gmaj7の後にCm7、そしてBbmaj7が来るので
手に入りにくいコードで弾きずらかった。
マッコイはCm7のコードを弾いていないが。
他の曲のソロの完全楽譜をパラパラ弾いていた時に
2と5で共通に弾けるヴォイシングを見つけて
試したら、弾きやすくなった。
ジャズピアノの先生には何も言われたことはなかったが、5年前に
編曲の先生に、別の曲の話、コンサートで弾いた曲の中で
ドラマーがすごいテンポで飛び出した曲があった話をした。
いつものテンポよりすごく速かったのでターンアラウンドのところで
コードを全部弾いたけどサーカス技のようだったと話した時に、
全部の音を弾く必要はないと
言っていたことと、それに前にいたアトリエの先生がピアニストではなかったが
ピアノも上手な人で、その人も全部の和音を弾く必要はないと言ったことが
頭に残っていた。だからどうするとは具体的な話はなかったし
突っこんで聞いたらよかったのかもしれないが、聞いても
その当時のわたしが分かるような返事が帰ってきたとは思えない。
5年経って、今日は一つのヴォイシングを独学で覚えた日。いいぞ。
独学なので、できたことをマークするために自画自賛してやる。
ペンタトニックの練習の方は、パターンⅡまでCDトラック2の順番で練習。
上行形のパターン、も一つ、Emペンタで練習した。
ジャズ科の方のアンサンブルの授業の確認が取れた。
前のドラムの先生が担当のクラスに志願していたら
それが通っていた。よかった。
明日から、外出規制が出る前のような仕事状況に戻る。
フランスはコロナの新規感染率が高いから、
また外出規制が出るかもしれないと、あまり楽観はしていないが
ひとまずもう始まっているわたしが担当しているクラシックピアノの授業に次いで、
グループ授業が始まるし、新しい生徒たちとの顔合わせの週になる。
別の学校に派遣されていた授業はキャンセルのなるような気がするが、
それはそれ、人生いろんなことがあるものだ。どういうなりゆきになるか
様子を見てみる。
それからわたしが生徒として通っているジャズ科のアンサンブルのクラスと、
ハーモニーの授業、そしてクラシックの作曲の授業も始まる。
新年度の始まり。
先週、クマンバチを初めて見た。場所によってはクマバチと呼ばれるらしい。
今まで見たこともなかったが、
あの音と、あのずんぐりした大きいからだ、あれはクマンバチ以外には
考えられなかった。コロナ感染を避けるために、コーラスの練習の時は
窓が全開にされていた。わたしはコーラス伴奏をしていたのだが、窓から
クマンバチが入ってきて、こともあろうにピアノの前に座っていた
わたしの左肩付近で
ズズズズズズズズを時間にすると、数秒何かをしていた。
うちに帰ってから見たら、左肩に4センチくらいの切り傷のようなものができていた。
毎日、日本で言うオキシフルに当たるものだと思う、それで
消毒していたが、傷跡が赤かったので夫のアドバイスで
アルコールで消毒するようにしたらすっかりなくなるまで
10日かかった。
Wikipediaによると、
大型の体とそれに見合わない小さな翅から、かつてはマルハナバチとともに
「航空力学的に、飛べるはずのない形なのに飛べている」とされ、
長年その飛行方法は大きな謎であった。
「彼らは、飛べると信じているから飛べるのだ」という説が大真面目に
論じられていたほどである。
現在はレイノルズ数《空気の粘度)を計算に入れることで飛行法は
証明されているが、ここからクマバチは「不可能を可能にする」象徴とされ、
しばしば会社やスポーツチームのシンボルマークとして使われる。
けがをしたのは、クマンバチが、わたしのボウタイブラウスのボウタイから
何かの拍子にブラウスの中に入ってしまって出ようともがいていたのでは
ないかと予想するのだが、これは「不可能を可能にする」という
クマンバチの到来か、何か良くないことが来るから気をつけろと言う
暗示か、単なる偶然か、3つの可能性がある。
わざわざ、わたしにとまりに来たと言うのも選ばれた感がある。
ピアノを弾いていた時ではなく、歌の先生の説明を聞いていた時だった。
良くないことから身を守りなさいと言う暗示かもしれないから、
言動に気をつけようとは思うが、出来れば、別の暗示だと思いたい。
思い込みによって不可能と思い込んでいることは誰にもある。
だから、そんな不可能と思っていたことをひとつでも「可能」にすることが
できる年になればいいと思っている。