災いは赤信号? | 音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

水曜の演劇と音楽のコラボのスペクタクルの後で、わたしに伴奏を頼んだ同僚が、

同僚でもあり、参加した生徒の母親でもある人からのメッセージを転送してくれた。

「昨日のスペクタクルに感動しました。素晴らしく大きな分かち合いのエネルギーを感じ、

こども達が音を本当に注意して聴いていることを感じ、彼らの喜びを感じました。

みんなにブラボー!わたしからのお祝いの言葉を、XXX(演劇の指導者)とやんぱっぱ(わたしの仮称)

にお伝えください。」

パジャマを着て出演したあのスペクタクルだ。

それを読んで、うれしかったが、その翌日は、朝起きると、

背中の左側の中ほどに激痛を感じて、息も深くできないくらいだった。

運転中に事故を起こすといけないから休もうかと思ったが、

大事な試験を控えているクラスの授業だったので、

いいと言われることを試してから、たとえば、こんな事をやってから出かけた。

1)シャワーを浴びて痛みのある部分を温める。

2)テニスボールの上に、痛い部分を当てて、動く。

3)次男のスポーツ用の、背中の下に置くこともできる筒状のものでもマッサージする。

 

スペクタクルの日は、雨が降って寒く感じるほどだったから冷えたのかもしれない。

そのあとに、疲れていたはずなのに、スペクタクルが終わった勢いで、Nica's dreamを練習室で、

休憩もしないで長く弾いたっけ。

秘書さんが、わたしの痛みをきくなり、何かコンサートかスペクタクルがあったんじゃないかと

わたしに尋ねながらわたしの背中をマッサージしてくれたのには驚きもし、そして、ありがたく思った。

お陰様で昨日は少しましになり、土曜日には、完全回復。一体何だったんだろう。でも、、3日ほど

練習ができなかった。

今思うと、あの痛みがない毎日を過ごせることに感謝したくなるくらい、痛かった。これが続くとしたら、

大変なことになると思ったが、幸い3日で良くなった。いきなり、朝起きたら、痛かった。

いきなりやってくる良くないことがある。それをどう呼んだらいいかと考えたことがある。

偉大なる力を持つ何かの存在があると仮定すると、幸せをもたらすものと、災いをもたらすものが

ある。特に良くないことは、いろんな条件がピタッと合わさって、必然のようにやってくることがある。

たいていは、良く睡眠がとれていない時、疲れすぎている時におこる。

この3日は、休みなさいと言う赤信号だったのかも。

これから、スペクタクルの後は、休むか、練習するにしても、軽く済ませることにしよう。

良く事情に通じていない状況で、通しのリハーサルもなし、1人の同僚以外、あまり良く

知らない人ばかりのところで、おまけにパジャマで舞台で弾いたものだから、やっぱり、

なにかしら自分へのインパクトが強かったのかも。

来年からは、定期的なコーラスの伴奏のお仕事の依頼が来ている。

コーラスの伴奏は、音を外してはいけないと言う特徴があると、

幼なじみで大学のグリークラブに入っていた子が言っていた。

数年前に、子育て一辺倒から仕事に復帰した時には、外国人だし、他の人からも

そう見えただろうけれど、自分でも、フランス人の中でまったく宇宙人のような気がしていたが、

職場では、みんなに名前を覚えてもらえ、

声をかけてもらえるようになった。わたしが何ができるかと言うことも知られてきたので、

これから、こういうお仕事が折に触れて来るような気がする。