ジャズ科の生徒の編曲した曲を聴きに行った | 音楽すること・生きること

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フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

ジャズ科の先生方や、ジャズ科のビッグバンドが演奏するコンサートがあると聴きに行く。

最近行ったコンサートは、開演前に並んでいると、いつもよく会うジャズ科の生徒が少なかった。

あとでわかったのだが、顔見知りのメンバーがステージに大勢出てきた。

どおりで客席にいないはずだ。

わたしは、会場に入る前、今年はとっている即興のクラスが同じ、ギタリストの男性に会った。

よくわたしの記事に出てくるバシスト君ではない。

一度出てきたギターの子だ。

20才くらいだと思うが、なかなか落ち着いている。

話していても、わたしに年の差を全く感じさせない。

ジャズをする以前も、ファンクとかロックでステージを踏んでいた子だ。

一緒に学んでいることもあって、ジャズ科の生徒同士の会話になる。

彼はギターの他に、ビッグバンド、即興、編曲、イヤートレーニング、ジャズ和声のクラス、

それからアトリエ(アンサンブルのクラス)をとっていると言う。

わたしも以前そういう生活をしていたので、

相当大変なことは想像できる。

彼と話していて、先生は、耳コピをして、それを全調で弾くことを勧めると言う。

どこも同じだ。わたしのピアノの先生は聴くこと、耳コピすること、それを書くこと、弾くことと言っている。

彼の取っているジャズ和声の先生は、曲を聴いて、これが特別に欲しいと思うものを

特別に抜き出して徹底的に練習するといいと言う話をしたそうだ。

わたしは、彼の言うことが、自分でも本当に感じている事なので、

そうなの、わたしもそうなのと、心の中で共感しながら聞いたのだが、

彼曰く、耳コピして練習したものは、そっくりそのまま練習すればできるようになる。

でも、そっくりそのまま弾くのでなければ、それが手の中に入っていて、他のところで

自由に弾けるようになっているわけではない。

そこがポイントなのだ。わたしも、長くその段階にいたし、いまでも、その延長上にいる。

これではいけないと、4年目から気がついた。

書いて仕上げることを最終目的にしないで、小さい部分を箇条書きみたいに

小さなカードに書いては、そこを部分的に練習したりするように変えてみているところ。

彼とコンサートが始まる前に、隣同士に座ってお話ししたことだ。

話のついでに、わたしが即興のクラスで、変なことをすると、他の生徒がぎょっとして

固まっている感じがするというと、彼はそんなことはないと、否定して、ぼくも、

全然合わないことをしている時があると言った。言われてみれば、

わたしも彼が弾いているのを聴いて、あれっと思ったことはある。

みんなあれっと思っているくらいなのかもしれないのだ。

あれ?の空気が、わたしに時間がストップしたように感じさせると気がついた。

気にすると弾けなくなるので、いちいち気にするのはやめておこう。

さて、コンサートは、生徒が編曲して、編曲者が指揮をすると言う新しい試みだった。

一緒に聴いたギタリストは、二人組で編曲したものだったので、彼のパートナーが

その日は指揮をすることになっていると言った。若い生徒たちが多かったが、二人ほど白髪の

男性も混じっていた。若い生徒も、人生の経験ある生徒もみんな初々しかった。

凄腕の先生たちも生徒にまじって生徒が編曲したものを演奏した。

ビッグバンドがいたこともあって、いつものようにグランドピアノを置くスペースが

なかったのか、ジャズピアノの先生はnordと書かれているエレクトリックピアノを弾いていた。

生で先生がエレクトリックピアノを弾くのは初めて聴いたので、ちょっと驚いたし、

意外な感じがした。この人の特徴は、ステージでの存在感がすごい。

ものすごく自信というものを感じる。クラッシックのように、何か月も前から練習した曲とかいう

ことはまずないと思うのに、自信たっぷりに弾く。

時々、なぜだかクールにふっと笑っていたりする。

おとなしいとか、まじめとか、そんな雰囲気はみじんもなく、どんなことが起こっても、

対応できそうな、場を完全に支配している余裕を感じた。

この人はコードが書いてあったら、何でもできそうな感じだ。

コンサートでジャズを聴いて元気をもらった。

今年から新しく着いたポストのある2つ目の職場は、もう一つの職場より

少し遠く、そこへの往復、新しい仕事で、週12時間半ほど去年より時間がとられることになった。

自分がやりたかった仕事ができてありがたいけれど、

計画しないと、続けていることがうまく回らない。

作曲の方も、今は和声外音をやっているが複雑になり、課題に時間がかかるようになってきた。

課題の見直しが十分できていないまま持って行ったら、当日にいそいで課題をやっただけでは

勉強の仕方が不十分と先生にやんわりとカツを入れられた。もう少し、計画を練って、余裕を持って

課題ができるようにしよう。忙しくしているわたしに代わって、

よく食事とお弁当作り、こどもの世話をに協力してくれる夫に感謝しなければならない。