器械体操の祭典1 | 音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

12月はこども達の行事が目白押しだ。
長男のバイオリンの発表会の翌日は次男のお世話に
なっている器械体操クラブ、総勢200人を超す
ジムナストたちが参加する盛大な発表の場が大きい体育館で
あった。

以前、長男が、幼稚園であった器械体操の体験で、
器械体操が好きなことを知り、3年か4年、通わせた。
本人はとても喜んで行っていたが、大事にはいたらなかった
ものの一度アクシデントがあった。長男が練習の時に
平行棒から落下した時に、息ができなくなった時があった。
すぐに、先生が来て、こういうジェスチャーをして
呼吸をしなさいと言われてやると、だんだん普通に息が吸える
ようになった。長男の落下があった時は細かく気がつく先生が
横でサポートしていてくれたのではなくて
大きい生徒が長男達ををみていたと言うことだった。
長男がうちに帰ってきてから話すのを聞いて、夫もわたしも
ぞっとしたのを覚えている。

それと前後して、夫の実家に行った時に、夫の
母親が、長男が、柔道や器械体操に通っていることを
聞いて、危ないから止めさせなさい、それよりも水泳を
習わせておきなさいとわたしに懇願するように言ったことを
覚えていた。日本でも、器械体操のアクシデントで、
車椅子の生活を送るようになったジムナストの話を
聞いたことがあった。

たしかに、どんどん、難しいことをし始め、わたしたち
器械体操の経験がないものからすると、ものすごく危険な
こともするように思えた。同時に、わたし自身、小さい時に
泳ぎを覚えなかったもので、水泳も、慣れるのに適した
年齢があると思った。また、長男の気質も、どちらかというと、
根っからのスポーツマンでないことは わたしも知っていた。
わたしの言う、根っからのスポーツマンと言うのは、いざと
言う時に、瞬間的に危険から自分を守れる動きが動物的に
できることを言う。
わたしたちは長男の好きなことを止めさせることになるので
後ろ髪を惹かれる思いだったが長男を説得して器械体操を
止めさせた。

次男の時は、同じように幼稚園に通わせていたのに
器械体操に全然、興味を持たなかった。でも、跳んだり
跳ねたり、平衡感覚を養ったり、やっぱり、器械体操は
動きの基礎であることは違いない。違う体操クラブで、
都合のいい時間帯があったので、3年か4年という
めやすに通わせることにした。行く前は乗り気でなかった
次男は、一度通うと、器械体操の日がくるのを、とても
楽しみにするようになった。

一年目は、わたしが仕事をしている時間帯だったので、
夫が次男を器械体操に連れて行った。先生とも親しくなった
ようだったが、今年は、曜日、時間帯が変わり、わたしが
連れて行くようになった。
わたしは、時と場所にもよるが、慣れるまで、人見知りが
激しい。次男の先生とは、ほとんど話すことがなかった。
送り迎えの時も、話すことはなく、一週間前に、メールで
器械体操の祭典に、正義の味方と日本語で言ったら
いいのだろうか、スーパーマンとかスパイダーマンとかの
コスチュームできてください、また、黒いTシャツや、黒い
ズボンも用意してくださいというメールをもらうまで、
そういうものが必要になるという情報がなかった。

次男は、先生に、正義の味方の衣装を持って
いないと言ったら、先生は、だったら、黒いケープだけで
いいと言ったそうだ。フランスでは、仮装は、特にこどもの
仮装は、一家に最低、一着ずつあるようなものなのだろうか。

夫は、わたしに、黒いケープを縫うように言った。
でも、
この一週間はとても忙しかった。
布を売っている店に行って、買ってきて、慣れないケープを
縫う時間もないと答えた。いきなり大きくなった長男の
発表会用のズボンを探しに長男を連れて風のように買い物に
行き帰りし、洗って乾かして、発表会の当日の数時間前に
すそ丈の調整のためにミシンで縫ったあと手縫いで
まつり縫いをしてほっとした。次男の器械体操の
祭典はその翌日だった。何とかできる時間はそのスポーツ
祭典のある前日に長男のズボンを仕上げた後、次男の
小学校担任の先生に通知表をいただくのをかねた、
はじめての面談を終えた後、長男のバイオリンの発表会の、
リハーサルに行くまでの隙間時間に次男を連れて、近くの
おもちゃ屋さんに車を飛ばして正義の味方の衣装を探しに
行くしかなかった。そこでサイズが見当たらなかったら、
アウトだ。黒い布を探しに行く時間もない。面談のあと
次男を連れて、くるまでおもちゃやさんへ。