最後に日本の実家に帰ったのは、4年前になる。
そのときに、義理のお姉さんが きれいなワインレッドの靴を くれた。
はきやすそうな、底の平らな、ウォーキング シューズタイプだった。
「もうはかないから よかったら はいてちょうだい。」と姉は言った。
ずっと、棚の靴箱にしまってあったが、クリスマス休暇に かたづけた時、
はかないのなら、処分する、はくなら はく。いつまでも置きっぱなしに
しないと考え、出してはくことにした。
見たところ、新品同様だった。わたしはフランスに帰ってから、ご丁寧に
靴底に滑り止めまで貼り付けてもらって、すぐはけるようにしてあった。
さて、きょうは、仕事に行く時、きれいなセーターを着ていった。靴は、きょうは
これにしようと、そのワインレッドの靴を はじめて履いていった。
仕事場の近くの駐車場に降り立った時のことだ。車に鍵をかけようとしていた。
変な物が目に入った。わたしの靴の かかとの部分とそっくりな形の黒いもの
が駐車場の地面に落ちていた。変な形の物がこんなところにあるなあと思った。
教室のほうに向かった。一歩建物の中に入って、平らな床に上がって
気がついた。靴の高さが違う!靴底をみると、片方の靴のかかとの部分が
抜け落ちて、黒々とした内部がむき出しになっていた。
うちに帰って、靴を変える時間はなかった。一歩 歩くごとに 真っ黒な
土のような粉が わたしの通った軌跡を示した。授業中に、黒板に字を
書いて説明している時、もう一方のかかとが抜け落ちて、黒板の前にくろぐろと
横たわっているのが目に入った。ぺったんこの 一センチくらいの高さの
かかとでカーブはあるが およそ 5センチ角位の物体だった。
そのうちに かかとの周囲の高さのある部分が 3センチほどポロンと
ころがりおちたり、教室中が、このような、土のような わたしの靴から出た
真っ黒な粉と はがれた靴の残骸で覆われてしまった。
生徒たちは 気がついていたのか いなかったのか、そのことに関しては
誰も何も言わなかった。
ひとり、ダンディな わたしより年上のムッシューがいらっしゃったが、
この方は さすがに 固まっていた。
授業が終わってから、うちに ほうきと ちりとりを取りに帰ると決意して
車に乗った。それまで我慢していたが、ここで ひとりになって大爆笑した。
そういえば、兄嫁が靴をくれる時に感慨深そうに言っていた。
「うち、この靴、長いこと はいてへんなあ~。」
お姉さん、長いことって 何年?靴、風化しとったで。
来週、自分を含めて、みんなの記憶からこのハプニングが
消えていることを願っている。