七連符から | 音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

授業で、七連符の練習をした。
まず、16分音符でできた7連符、そして、8分音符からなる七連符。
フランス語ではセプトレと言う。

課題を探すのに手間取った。
ひとつは、純粋に、リズムのために書かれた練習曲、もう一つは、
シューマンのカルナヴァルからeusebiusを とりあげた。
はじめは、16分音符からなる七連符だけにしようと思っていた。
でも、eusebius があんまり美しいので、絶対に、生徒達に
聴かせたくなった。

生徒達に、「この曲きいたことある?きれいな曲だよ!」と、言うと
「先生、弾いて!」と言う声が飛び出た。
七連符の練習に、はじめの8小節だけを用意しておいた。
わたしが二回弾いた。
教室が、別の雰囲気になった。
わたしはピアノを離れて、自分の机にもどり、いっしょにメロディを
歌おうと言った。
二回繰り返したあと、メロディを歌いながら、ピアノパートの
左手で弾くヘ音記号のバスのリズムを軽く机をたたきながら
歌うことにした。拍と七連符の関係を感じるためだ。
中学生たちが音楽の中に入っていることを感じた。
拍との関係が初見では難しいので、二拍目にあうところに
点線を目印に入れておいてあげた。
なんてやわらかな動きのリズム、そしてメロディーだろう。

話は変わって、今朝のこと。
最近は年度末なので 毎日 忙しい。今日は自分のためのピアノが
弾けなかった。きょうは10分弾けた。きのうは30分、気がせく毎日が
続いていた。今朝は久しぶりにゆっくりピアノの前に座って
シューマンの「こどもの情景」の一曲目「見知らぬ国々と人々のこと」
の譜面を開けた。
「あ、これ・・・」

昔、習ったフランス人のピアノの男の先生のことばを思い出した。
たしかブゾーニが「カルメン」のメロディーを使って書いたファンタジー
を弾いていた時だった。「道端で人が歌っているように弾きなさい。
ソルフェージュのクラスみたいに弾いたら駄目。」ということを
言われたことがある。その70を過ぎた先生は、手をあげて、メロディを
歌いだした。完全に、弛緩した柔らかい動きだった。音程も声も
歌手のようでなく、「人間的」だった。

シューマンの「こどもの情景」の第一曲目の出だしは、4分の2拍子、
右手がメロディ、バスはハーモニーを支え、中間部は右手と左手で
分担しながら3連符を弾く。右手のメロディの付点八分音符、
十六分音符のリズムと調和させて弾く。メロディを覆わずに色彩で
埋めていく役の中間部は、左手で重音を押さえるので、柔らかい
動きをしたくても制限されやすい。
右手も三連符の最後の音を受け持っているので、メロディラインへの
緊張感の持続が難しいのと、やはり三連符の最後の音があるので、
移動の時間と動きが制限される。腕が三本欲しい曲だ。おまけに曲の
第一曲目でピアノに慣れていないうちに弾くので、譜面づらは易しいが
弾きにくい。コツは、メロディーの音を受けもつ指の緊張を、弾いたあと、
抜いていくこと。特に、人さし指の緊張に注意する。緻密な部分練習を
して楽になったら、音楽のことだけを考えて弾く。

七連符で体験したシューマンの曲のなめらかなメロディライン。
シューマンは全体を2で割り切れる、そんな音楽にしたくなかったから、
「こどもの情景」の一曲目にも三連符をいれた。
音と体の動きに注意することで、シューマンが望んでいた音楽に
近づける。