次の日、火曜日、仕事から戻り、遅い夕食をとり、居間に行くと、
長男が、宿題をしていた。何かと見ると、ドイツ語の詩の暗唱だった。
ヨーロッパでは、幼稚園から、子ども達に詩を暗唱させる。
わたしが日本で育ったときは、宮沢賢治の「アメニモマケズ」を暗唱した
ことぐらいだ。
一ページの詩を暗唱していた。夫に、音読して覚えるように言われた
のだろう。何回も早口で呼んで覚えようとしていた。たまにはきいて
みようかと思って、わたしは長男の横に座った。詩の五分の三くらい
まですらすら言えた。そのあと、妙に行き詰っているなと思ってきいた。
意味わかってるの?この単語どういう意味?長男は、「全然知らん。」と
あっけらかんとフランス語で答えた。そばにいた夫が血相を変えて、
いつも単語は調べるように言ってあるだろうと言った。なんと長男は、
意味がわからないまま、音で覚えていた。こどもは、大人の考え
つかないことをする。
長男は独仏辞典で、わたしは独日辞典でことばを引いた。
それから先、長男の暗唱は、遅々として進まなかった。夜の11時に
なった。わたしはくたくたになって、もう駄目だと思ったので、あとは
パパに見てもらってと、夫にも頼んで、アコーディオンカーテンで
仕切られた隣の部屋に休みに行った。
寝ようと思ったが、夫が長男にがんばるようにげきを入れている声を
入れている声は聞こえるし、疲れて頭がまわっていない長男の力ない
声が聞こえ続けた。長男の頭は疲れて、もう暗唱どころではなくなって
いた。わたしは起きてもう一度見に行った。0時半だった。夫は完璧に
暗唱をさせるまでは終わらないつもりだった。わたしに口出ししないよう
強く言った。わたしは、どこまでできたかを長男に尋ねた。さっき、辞書で
単語を引いたところからだった。一時間半も同じところを繰り返して
いたのだ。長男が何回か発音したのを聞いて、少し横になったからだろう
わたしの頭がさえて、覚えられた。「ママ、ここの一行はもう覚えたよ!」
とわたしが言うと、限界まで疲れてぐずっていた長男の顔つきが変った。
今まで否定的だった顔に、勢いが戻った。残りの数行をたいして苦労も
せずにさっと覚えた。夜中の0時半だった。
夫もわたしも、仕事で疲れていた。長男も、疲れて、くたくただった。
サポートする方は、少なくともどちらか一人は少し休んで、元気を
取り戻したほうが能率がよさそうだ。
長男は、この2,3日、10才でなく、100才を超えたおばあさん
(女の人の方が背中が丸くなる人が多い)のように背中を丸めている。
きのうもわたしが帰ると不機嫌そうに宿題をしていた。夫に数日後の
ための宿題に取り掛かるように言われたらしい。見るからに、疲れて
いた。話し合って、はやく眠れるようにした。
これは現代社会における子ども達のとっての、通過儀式なのかも
しれないとふと思った。でも、よっぽど、宿題管理をきちんとしないと、
こどもが倒れてしまいかねない。