音楽家のMさんに会った時、うちの長男がソルフェージュのクラスの
2年目を飛び級して3年目に登録することになったことを話した。
Mさんは、そうすればMさんの次男とおなじレベルのソルフェージュの
クラスになる、と気がついた。Mさんはオーケストラ奏者としてバリバリの
キャリアがある。Mさんは仕事で、どうしても、Mさんのこどもを
ソルフェージュのクラスに連れて行けないことがある。時間の都合が
あえばわたしたちのこどもを同じクラスに入れて、Mさんが行けない時
わたしにMさんのこどもを連れて行ったくれないだろうかと言った。Mさんが
行ける時はMさんが行くから、と言った。仕事をする母親の真摯な
一生懸命さが伝わってきた。わたしはこの人が好きで信頼していたので
もちろん喜んでお手伝いしたかった。いつもMさんでは申し訳ないので、
交代で行くことを提案した。
Mさんの長男はもう音楽学校に行き始めて6年目だし、音楽学校のことを
よく知っているので、Mさんと協力できることで、かえって わたしは
大船にのったように安心できた。Mさんの都合の悪いときはわたしが行った。
わたしが怪我をしたときはMさんがひきうけてくれた。
うちの長男は同じ時期、小学2年から4年へ飛び級したのでMさんの次男と
うちの長男は学校でも同じクラスになり、車の中ではお気に入りのポケモン
の話で楽しんでいた。Mさんとわたしが同い年だということもわかった。
学校がおわってから、校門のところでこどもを待ちうけて、ゆっくりしか
歩けない3歳だったうちの次男をせかして車に乗せ、遅れないように
ソルフェージュのクラスに行くのはけっこう疲れたがやりがいもあった。
なにしろMさんのこどもをあずかっていたのだから。
ソルフェージュのクラスでは2人組みでする宿題もあった。一人が
メロディを作曲してひとりが、それにあうリズムを作って、父兄もくる
ミニコンサートで披露するのだった。Mさんにミニコンサートの前に
一度ふたりのこどもたちに練習をつけてもらった。きいてもらってから あなた
よりちゃんとアンサンブルを教えられる人はいないから。ありがとうと言うと、
わたしもほとんど専業主婦をしているが一応音楽が専門だと知っている
Mさんは、何言ってるの!と小さな声で言い返した。キャリアがあっても
偉ぶらない、そんなMさんなのだ。
3月にミニコンサートがあった。Mさんのこどもとうちの長男はふたりで作った
短い曲を無事に演奏し終わった後、クラス全員参加のカノンを歌った。
当時、うちの長男はカノンで歌うと、他のグループにつられて歌えなかった。
本番でも歌の途中でMさんの子もうちの子もわからなくなって少しまごまご
していた。Mさんのこどもは そのあときっかけを見つけて最後はちゃんと
歌っていたが、うちの長男は、まごまごしているうちに歌が終わって
しまった。
わたしは一瞬、蒼くなっていたが、Mさんは、とても楽しそうに「ふたりとも
途中でわからなくなってたわね!」とにこにこしていた。「テストじゃないし、
平気、平気!」
ええっと・・・そんなもんなん?!と思ったわたし。
Mさんの彫刻のように彫りの深い横顔が本当に幸せそうにほほえんで
いたので、なんだかわたしも楽しくなったのをおぼえている。
Mさんのこどもとうちの長男、ふたりとも4年目のクラスにあがることになった。
3年目の最後のソルフェージュのクラスのときに先生から知らされた。
ひとりが休んだとき もうひとりが宿題を伝えたり、ふたりのこどもたちが、
一緒に学んだことでプラス効果があったと先生がMさんに言ったらしい。
Mさんは できたら来年もこの子達、一緒のクラスでやらせたい、と言った。
帰りに駐車場でMさんの長男がスポーツに集中するために音楽学校を
やめる話をきいた。これはMさんの次男に影響があるかもしれない、
という不安がよぎった。数ヵ月後に、予感が的中した。