世の中を早送り、巻き戻し、一時停止、どれかできるとしたらどれがいい?
考えてみると、意外とそう振り返ったり思い出に浸るタイプじゃない。そうするときは誰かと語っているときだったり、飲み会の場などがほとんどだと思います。なかなか自分のことを考えている時間もないというのが本当のところで、十代のときに架空のバンドをあれこれシミュレーションするような妄想もいつのまにかしなくてなっていたものなぁ。

時間を巻き戻せるか、早送りできるかって問いがあったとして、結局未来はどうとでもなると思っている楽観主義者なので、やはり僕はプレイバックするタイプの人間なんだと思うんだよね。昔に戻りたいのとはちょっと違う。いつのまにか失ってしまったもののフィーリングがどんなものだったのか、その感覚がちょこっとでも感じ取れればいい。懐かしく狂おしくせつない想いをどうにも欲するときがある。ないものねだりと言われても人間ってそういうものなんだろう。追憶なんて言葉もある。

思い出しても思い出せなくなっている、そういう想いもある。残酷な瞬間だよね。年齢を重ねるごとにそういうものって多くなる。特に加害者の一端を担ったような都合のいいことはどんどん消えていってしまう。忘れるのが僕の特技なのかもしれないな。

親友の母親が亡くなってしまった。驚いたがまったくもって実感が持てない。最後にお会いしたのはパット・メセニーのコンサートでした。あの帰り、餃子と麻婆ラーメンをごちそうしていただいたんだった。快活なかたでよくコーヒーを入れていただいた。西口に越してきてからはあまり遊びにいっていなかったので、想い出としてはどうしても妖怪ポストがあった東口のアパートを思い出す。めちゃくちゃな一人暮らしをしていたあいつが人並みな暮らしをするようになったような、改めて母親の力って偉大だななんて思ったりしたこともあったな。

鮮烈なようでいて、過ぎ去ってしまったことも多さが重く頭にのしかかってくる。なんだろうなぁ、この感覚は。かといって実感がないもので、そういう感覚にかられる自分ってものがまた憎らしくも思える。今は時間が経つのを待つしかない…のだけれど。彼ら夫婦にとっては近年はあまりに激動の時間で大変なことだと思う。ひとつことが落ち着いて…の矢先というか。傍観者でいるしかできない僕は本当に陰ながら見守るしかできない。申し訳ないと思う。

$北村和孝 rhythmagic 楽興のとき
最初は正直印象が薄かったのだけれど、何度と聴いているうちに大好きになったパット・メセニー『オーケストリオン』。このアルバムを聴くたびにあいつのお母さんを思い出すというか、思い出せるんだろうな。僕はあなたの立派な息子さんの単なる悪友にすぎませんが、なんかいっぱい親切にしていただきました。せっかく近所になったんだもの、もうちょい一緒の時間を過ごせたらよかった。何を今更ですが、巻き戻せるんだとしたらもう一度KEY COFFEEで談笑したかったなぁ。

本当に今までありがとうございました。あいつらにはこれからもいっぱい迷惑かけて世話になっちゃうと思うんですが、いつか僕も恩返しできたらと思っています。