ブログネタ:とりあえず○○!!! 参加中
漫画家の原秀則さんっていうと「冬物語」が有名なんでしょうね。僕、このマンガの途中で脱落しちゃったけれど、「さよなら三角」以後のファンではありました。きっかけは友人の櫻井くんに薦められて読んだ「ジャストミート」。目立ちたがり屋高校野球部を主人公にした野球マンガね。番外編で「ふぁうるちっぷ」っていうのもあったっけな。でもって、一度ハマると一通りの作品をチェックしようとする性分ゆえ、行き着いたひとつが「とりあえずON AIR」でした。
舞台はミニFM曲。近年の災害対策のひとつとしてコミュニティFMの開局が広がりましたが、80年代にはFMトランスミッタ(送信機)を使っての“プチ海賊放送”っていう遊びがアンダーグラウンドではありました(^^;)。根っからのラジオ好きな僕がハマらない理由はなく、当時の電波法って半径50mのFM電波送信は可能だった記憶がありますが、「初歩のラジオ」誌を参考にして秋葉原でキットを買ってきて、慣れないハンダごてで基盤を結んで作って遊んだ記憶があります。高校時代は放送部で寝泊まりしていた人間だったんで、文化祭でもミニFM局をやって好きな音楽流したりしていましたね。あれ、コイルの広がり具合で周波数が変わるんですよ。あとコンデンサを強力なのにすると電波法を超越して電波が飛ぶ(^^;)。いろいろ実験したものです、懐かしいね。
先述のようなコミュニティFMの発想って当時はなかったですから単なるお遊びですけれどね。でも放送部室には卓もありましたし(モノラルでしたが…)、一応それっぽい感じのことはできたんです。いまだもってラジオは憧れですね。FM NACK5で現在「SUNDAY LIONS」のパーソナリティをやられている吉野麻子さんが、当時「UKI UKI サウンドブレイク」という番組でワンマンDJをやっていて憧れていました。つまりDJしながら自分で曲をかけて卓操作もするというね。もっとも、メインミキサーのかたはついていたのかもしれないけれど、「GO! GO! NIAGARA」の大滝詠一さんのようなワンマンDJスタイルは今に至ってもずーっと憧れであります。今はインターネットラジオという簡単なメディアもあるわけだし、そのうちまたやってみたいですね。ただ定期的に番組を作るのには体力とアイディアがいるわけで、なかなか着手するタイミングがつかめないんですが…。やるからには少しであってもちゃんと聴いてもらえるレベルにしたいしね。
先述の「とりあえずON AIR」は行きつけの喫茶店に間借りしてミニFM局を運営する3人の男女を主人公にした青春群像。そりゃ年齢頃だから恋愛だのなんだのいっぱいあるわけですよね。その都度番組作りのモチベーションが落ちてしまったり、そのことに対する自問自答などもあったりするわけですが、最終的には「とりあえずON AIR」して自分を取り戻していくわけです。そこにはDJとリスナーによるコミュニケーションがあって、そこで産まれた信頼関係なりマジックなりが物語の動向にも大きな影響を与えていきます。マンガの内容としてはありきたりだし、原秀則のマンガだったらほかに読むべき作品はいくらでもある。ただラジオファンとしていろいろ刺激や憧れを与えてくれたマンガとして、僕個人としては非常に思い入れがあるんですよね。今度古本屋で売っていたら買い戻してみようかな?
80年代には背伸びして音楽を聴くような切磋琢磨感と、常に音楽情報に飢えているハングリー感がありました。僕にはそれが大きかった。気になるバンドができて、今みたいにウェブで検索して「こういうバンドか!」なんて簡単に情報をつかむことができなかったからね。それこそディスコグラフィをつかむだけでも大変だったんだから。また、ラジオ番組形式っていうのがレコードそのもののコンセプトになった作品というのも魅力的だったよね。大滝詠一「GO!GO!NIAGARA」、カーペンターズ「NOW AND THEN」、一風堂「RADIO FANTASY」、オメガトライブなどVAPものに多かった「DJ SPECIAL」シリーズ、角松敏生「SUMMER TIME ROMANCE~FROM KIKI」とか、そういうものに多大に感化されて今の自分があります。あと今では考えられないけれど、フジの深夜番組で「FM KIWI」をテーマにしたラジオ番組もやっていました。画面にはたしかハワイのビーチのヤシの木にぶら下がったラジオだけが写って、見えるラジオみたいにプレイされている曲目が表示されているっていうね。そういうのも好きでした。今は海外のラジオもiTunesで簡単に聴けるけれど、当時はFENしかなかったし(でもすべてが音楽番組ってわけではなかったから)。J-WAVE開局当時はネイティヴ・イングリッシュの洋楽番組オンリーで面白かったけれど、すぐに路線変更しちゃったし。NACK5も土曜夜は海外番組を放送していたものでした。あと現「FUNKY FRIDAY」の前身である「ホノルル795」とかね。なんのかんので海外の音楽番組にかぶれていた時期は僕らの世代、わりとみんなあったんじゃないかな?
僕もいつか「とりあえずON AIR」したいですね。そんな力まなきゃいけないことばかりでもない。マイナスイメージに捕らえがちな「とりあえず」って言葉だけれど、それぐらいの肩の力の抜け具合で新しいことにトライしてみるっていうのはいいんじゃないかな? 慣らし運転みたいというか助走期間のような期間を置きつつも、そろそろ新しい環境に身を置いてみたい9月が始まりました。「とりあえず」頑張ってみましょうよ!