ブログネタ:塩味スイーツ、好き? 参加中
大江千里「塩屋」 作詞・作曲:大江千里
くしゃくしゃのレコード包みとハンカチ/ひざの上に重ねた/今の彼のくちぶり言葉のはしに/漂わせているね/困ったときにすぐに電話で呼び出すくせも/昔のままさ/悲しいよとか 投げだしたいよとか/流されている日々はぼくも同じさ/きみがひとりで悩んでいるときに/いちばんそばにいれるぼくでいるよ/朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる/のりのきいた袖で始発の窓に/小さくきみは手をふる/きみと違うタイプの人ともうじき/暮らし始めるぼくさ/どんな理由で昔きみと争ったか/それも思い出せなくなる/憎んでるとか 顔も見たくないとか/そうじゃないのになぜ人は別れるの/巡りあったら大切に生きたいよ/彼女のことを今は幸せにする/朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる/渚に近いあの街道のスタンドも/もう今はさびれている/この場所だけは彼氏と来るなよと/大人気ないこと言うぼくが嫌だよ/自分で決めた道をもどりたくない/彼女のことを今は幸せにする/朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる
「塩屋」というのは地名であり駅名だそうです。最初この曲名を観たときはびっくりしましたね。何を歌っている歌なんだろうかと思ったよ。僕のだいすきな『OLYMPIC』に収録されているんですが、硬質なピアノが印象的な名バラードです。シチュエーションが凄くセンシティヴで、こういう描写は千里さんならではだなって気がします。“きみと違うタイプの人ともうじき/暮らし始めるぼくさ/どんな理由で昔きみと争ったか/それも思い出せなくなる”ってフレーズが胸に響きます。過去の想いと現況に揺られるところがありつつも、それぞれ新しい生活に慣れて行きつつある様子を描かれているんですが、それぞれの断ち切れない想いっていうのも儚くてね。実に見事な歌詞だなぁ。これは書けないよ。そしてあえて曲のイメージと合致しない「塩屋」という曲名をつけるところも確信的。もうこの曲とつきあい続けて20年以上は経っているだろうけれど、最初に聴いたときの眩い海岸沿いの寂れた駅に朝日が差し込んでいる情景…もちろん僕が勝手に抱いているイメージではありますが、はっきりと瞳に焼き付いています。そういうのって忘れないんですよね。この曲を聴くたびにフラッシュバックしてくる。当時の想い出がどんどんモノクロームになっていくのに(僕の想い出って遠くなるほど色がなくなるんです)、そういうイメージだけははっきり色づいて不変なんです。不思議です。みなさんもそんなもんなのでしょうか?

塩スイーツと聞いて「塩屋」はないだろうと思いますが(笑)、なかなか書く機会がないものでいいタイミングだと思いました。塩スイーツは塩バニラのチロルチョコが出たときは画期的だと思ったね。コンビニのレジ横かなにかにあったのが気になってある日買ったんです。食するまで味がまったく想像できなかったんだけれど、食べたら「なるほど!」って味でした。この味に着眼したひとはさすがだと思う。その後、塩バニラ・ジェラートとかいろいろ試したんですけれど、塩バニラ・チロルチョコを越える出逢いがないんだなぁ。みんな妙に甘すぎる気がするんだよね。でもって、それが結構僕にとっては苦手というか。塩バニラ・チロルチョコはその甘みが抑えめというか、バニラ風味でセーヴしているというか、バランスが良い味覚ってイメージなんです。極端な要素をぶつけることで双方をまろやかにしている塩バニラ・チロルチョコ、楽曲のイメージを予測させない(固定観念をあらかじめ植え付けない)曲名と重厚な詩世界とのミスマッチングで印象づけさせる「塩屋」…意外性のマジックという意味では共通項を感じますね。