ヨーロッパにやってきて、25年も過ぎてしまったので、
これから書くことが当たっているか分からない。
ゴリラが、大学を卒業した当時、
声楽を勉強して、声楽で生計を立てる
なんてことは、まずありえなかった。
もし、そういうラッキーな人がいたとしたら、
その人は、音大で講師の職を得た人かな。
また、地方で声楽で音楽活動も、大変だった。
例えば、地方のオペラ。
これは、別な仕事をしながら、
オペラをやっていくことになる。
役をもらうと、かなりのチケットノルマ、
スポンサーを見つけること、寄付金集めまで、
しなければならない。その他、夜中まで、
オーケストラのパート楽譜を、清書したりもした。
ゴリラは、この地方のオペラに、大学卒業後
2年ほどかかわったが、
体も、お金も続かなかった。
地域に音楽を広げることは素晴らしいけれど、
現実は厳しかった。
だから、オペラは、2度とやらない、と
決めていた。
その後、30代に東京に上京した際のこと。
オペラは、やるつもりがなかったが、
ある先生の勧めで、オペラ研修所に入った。
そこで、ある時、オペラに出演依頼があった。
(小さな役で、舞台上に3分しかいない役だった。)
それを、承諾すると、数日後、100枚のチケットを
渡された。ノルマではないと、事務局は言ったが、
そう、ノルマだった。
あの頃、いろいろなバイトをしていて、
ボイトレをしていた合唱団のおばさんたちが、
助けてくれた。今でも、あの時にお世話になった人たちに、
本当に感謝している。
それで、オペラはやらないと、決めていたのに、
ヨーロッパに来て、ドイツで、ある劇場に
アルトの募集があって、そのオーデイションに通って、
25年間オペラの舞台に立つこととなった。
(もちろん、私の奨学金は、バッハのカンタータを
学ぶことで、頂いた。
ただ、バッハやリートでその後、滞在許可証は下りない。
それで、勉強を続けたいので、仕事が必要で、
オペラに飛び込んだ。)
ドイツ、スイスの劇場は、チケットを売ったりする必要がない。
音楽だけやっていればいい。そして、保障されている。
ここが、日本との大きな違いかと思う。
さて、日本で、どんな可能性があるか書いてみたい。
1)若い人に、経済的な負担をかけないオペラを、
やること。
基本的には、オケ付きでなく、ピアノ伴奏で。
舞台セットは、簡単なもの。
(美大の学生さんに頼む、とか。)
2)できるだけコンパクトにする。
1時間に収まるハイライト版。
そうすると、子供もお年寄りも楽しめる。
3)都道府県、大学が、こういう若い団体を応援する。
最後に、新国立劇場が1999年に出来上がったが、
ここの出演者、指揮者、演出家に、欧米人が多い。
思い切って、日本人の若手歌手を
どんどん使ってはどうか。
(指揮者も演出家も、日本の若手。)
日本の国立劇場なのだから、まずは、
自分の国の音楽家を大事にしてほしい。