こんにちは!えりなです😊

素敵なご縁に感謝ラブラブラブラブ




なんか…ウケるニヤニヤ


さて今日も、
『縄文文明 (小名木善行 著)』より
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古事記・日本書紀に見る縄文の面影

古事記に「宇摩志阿斯訶備比古墓神」
(うましあしかびひこぢのかみ)という
神様が登場します。

この長い名前には、
此神名以音(このかみのなはこえをもちいる)
という注釈がついています。

つまり「この漢字はあて字ですよ」
と教えてくれています。
ひらがなで書いたのと同じだということ。


日本書紀では 
「うましあしかびひこぢのかみ」は
「可美華牙彦舅尊」表記されています。

ひとつずつ見ていくと
「可美」は「素晴らしい」
「葦牙」は葦の新芽のこと
「彦舅」は父親を表しています。 

「葦牙」の葦は
まるで動物の牙のようなものが
ニュッと出てきたかと思えば

たった1カ月で
4メートルくらいまで成長します。
しかも密集して生えてきます。

まさに、「これから成長するぞ!」という
生命の源ともいえる強大なエネルギーが
葦牙には秘められているということです。

そんな意味を踏まえると
「美しくて立派な葦の新芽のような
 元気いっぱいの神様」
ということになります。

万物の始まりのときに最初に現れた神様は
とにもかくにも明るくて
元気いっぱいの神様だったのです。


1300年前、私たちの祖先はきっと、

「もし困ったことがあったら
 原点に還ろうよ。

 笑顔で明るくて、元気いっぱいの姿
 またそこから
 立ち上がっていこうじゃないか。

 また新たに出発しようよ。
 人はいつだって、何度だって
 やり直せるのさ。

 この底抜けの陽気さこそが
 日本人の原点だよ」

このような想いを
『古事記』と『日本書紀』に託したのです。


「日本書紀」の冒頭を読み解いていくと
さらにおもしろいことがわかります。

「神様も清らかなものばかりではなく
 重くて濁ったものを持っている」

もしそうならば、私たち人間も当然
「清らかさ」と「重くて濁ったもの」の
両方を持っていることになります。

言い換えれば
重くて濁ったものを持ちながらも
清らかな魂が必ずあります。


「日本書紀」は
中国の陰陽道の影響を受けている
とよくいわれたりします。

ですが、 私はそうは思いません。

陰陽道では
世界のすべてを陰と陽に分けて考えます。
でも2つに分けたら
そこには対立しか生まれません。

「日本書紀」で書かれている考えは
陰陽道とはむしろ正反対です。
両方があってはじめてひとつになる。

『日本書紀』には、冒頭からそんな
「結びの精神」が書かれているのです。


おもくてにごる神様が併せ持つ
「清陽」と「重濁」ですが
「清陽」の「陽」は
実は訓読みで「ほがらか」とも読みます。

「ほがらかでなくてはいけない」
ということです。

額にしわを寄せて
いつでも何かを気に病んでいるようでは
ダメなのです。

「ウマシ アシカビヒコヂの神」と同じで
このあたりのメッセージは一貫しています。

先人たちが私たちに伝えていることは
実はとてもシンプルです。

 「清らかに、明るくいこうよ」

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シンプルで優しいメッセージですねうさぎのぬいぐるみ

「素敵なご先祖様で良かった照れ
私たちもそんなふうに
安心して前に進めるような子孫を残せる
ご先祖様になりたいですね花


ではバイバイ


サムネイル

歴史は、人生を豊かにするタネのひとつ🍀 

強く優しい日本人がいたことを知って… 

まだ生まれていない子孫までもが、先人に愛されていたことを知って… 

同じように悩んで変わっていった人たちを知って… 


色んな側面の日本・日本人を知ることで、できる!強くなれる!私はこれを貫くんだ!愛を選択するんだ!そんな人が増えたらいいな🥰