10月20日
ペーネロペイアは夢についてこう付け加える。
ξεῖν᾽, ἦ τοι μὲν ὄνειροι ἀμήχανοι ἀκριτόμυθοι
γίγνοντ᾽, οὐδέ τι πάντα τελείεται ἀνθρώποισι. (19-560,1)
客人よ、夢というものはどうしようもない捉えがたいものです
人にとってその全てが実現するものではありません
δοιαὶ γάρ τε πύλαι ἀμενηνῶν εἰσὶν ὀνείρων:
αἱ μὲν γὰρ κεράεσσι τετεύχαται, αἱ δ᾽ ἐλέφαντι: (19-562,3)
というのは、儚い夢には二つの門があります
角で造られている門と、象牙で造られている門です
τῶν οἳ μέν κ᾽ ἔλθωσι διὰ πριστοῦ ἐλέφαντος,
οἵ ῥ᾽ ἐλεφαίρονται, ἔπε᾽ ἀκράαντα φέροντες: (19-564,5)
鋸で挽かれた象牙を通って来る夢は
人を欺きます、実現しない言葉をもたらして
οἱ δὲ διὰ ξεστῶν κεράων ἔλθωσι θύραζε,
οἵ ῥ᾽ ἔτυμα κραίνουσι, βροτῶν ὅτε κέν τις ἴδηται. (19-566,7)
一方、磨かれた角を通って出てくる夢は
そのとおり実現するのです、それを人が誰か見たおりには
夢の神秘を思わせる一節だ。
象牙ἐλέφαντος [elephantos] と欺くἐλεφαίρονται [elephairontai] 、角κεράων [keraôn] と実現するκραίνουσι [krainûsi] 、それぞれ対となっている語同士の音の類似から発想されたのだろう。
そして更にこんなことはいえないだろうか。前者の対の要の音は [p] 音であり、後者のそれは [k] 音だ。そう考えると、前者の象牙に付されたπριστοῦ [pristû](鋸で挽かれた)の形容、後者の角に付された ξεστῶν [ksestôn](磨かれた)の形容は単なる修飾ではない。音の類似の強調に一役買っているのだ、と。
以上は象牙と角との対比だが、実は象牙と角とは相違より類似の方が大きいことに気づく。それはその形状だ。奥深く引き込まれていくようなところだ。それは夢の神秘を象徴している。
こう言い残したペーネロペイアは二階に上がり睡りに就く。
かくして第十九歌も終わる。
夢は不思議な現象だ。身近にあってこれほど不思議なものもない。
記憶とも関係するだろう。その記憶も個人の記憶だけでなく、先祖や民族、人類や進化の過程で通り過ぎた生物体の記憶も含むかも知れない。
予知と関係するかどうかは分からない。そこはペーネロペイアの言うとおりだ。
夢は無意識の現れであり、芸術創造とも関係していそうだ。夢の広さと深さは測りがたい。