11月6日

 考えて見れば、『イーリアス』の葬送競技弓の部において鳩を的にしたのは頷ける。遠くの動く的ということだろう。那須与一の扇もウイリアムテルの林檎も手近にあり、準備に手間もかからない。

 しかし、『オデュッセイアー』では射貫くのは何故斧(の束の穴)なのか、他にも的になりそうなものはいくらもあるのに、不思議なことではある。

ペーネロペイアはオデュッセウスがかつて館でそれをやっていたと言っている。鍛錬のためか余興としてかと思われる。十二丁の斧の束の穴を射貫くというのはチャレンジングであり趣向としては面白い。しかし、オデュッセウスは何故そこまで凝った的を使ったのだろうか。

さて、求婚者の首領格アンティノオスが「さあ、いつも最初に酒の注がれる場所から右周りに順番にやろう」というと、いよいよ弓競技が始まる。最初はオイノポスの息子レイオーデースだ。彼についてこう説明がある。

ὅ σφι θυοσκόος ἔσκε, παρὰ κρητῆρα δὲ καλὸν 

ἷζε μυχοίτατος αἰέν:・・・ (21-145,6)

彼は彼らのために生贄の掛を見る役の男で、美しい混酒器の脇

(部屋の)一番奥にいつも座っていた、・・・

「いつも最初に酒の注がれる場所」にせよ、「生贄の掛を見る役θυοσκόος」にせよホメーロス世界の生活、風習が垣間見える。また、求婚者の中にそんな役割の男がいたことも興味深い。

求婚者達は次々試みるが、誰も弓弦を張ることが出来ない。しかし、

Ἀντίνοος δ᾽ ἔτ᾽ ἐπεῖχε καὶ Εὐρύμαχος θεοειδής,
ἀρχοὶ μνηστήρων: ἀρετῇ δ᾽ ἔσαν ἔξοχ᾽ ἄριστοι. (21-186,7)

アンティノオスと神の如きエウリュマコスとはまだ控えていた

求婚者達の首領(の二人)は、二人は力で遥かに優れていたのだが

ここの「控えていたἐπεῖχε」は競技への参加を控えていた、の意だ。Russoは「力秀でた両求婚者は競技に雑魚(small fry)と一緒に参加することはしなかったのだ」と洒落た註をつけている。それと同時に、悪党の首領ならではの狡猾な様子見でもあるだろう。