12月10日

オデュッセウスは「憤然としてὀχθήσας 」自分がいかに寝台を造ったかを語る。まず寝室の造営だ。館の垣の中にがっしりと太いオリーブの株が生えていた。

τῷ δ᾽ ἐγὼ ἀμφιβαλὼν θάλαμον δέμον, ὄφρ᾽ ἐτέλεσσα,
πυκν
ῇσιν λιθάδεσσι, καὶ εὖ καθύπερθεν ἔρεψα, (23-192,3)

私はその株を中に囲んで寝室を建て、仕上げた

隙間なく石を積み、上に屋根をしっかり葺いて

そして寝台に取りかかる。

καὶ τότ᾽ ἔπειτ᾽ ἀπέκοψα κόμην τανυφύλλου ἐλαίης,
κορμ
ὸν δ᾽ ἐκ ῥίζης προταμὼν ἀμφέξεσα χαλκῷ (23-195,6)

そして次に、葉広きオリーブの枝葉を切り落とし

幹を根元から切り青銅で削った

εὖ καὶ ἐπισταμένως, καὶ ἐπὶ στάθμην ἴθυνα,
ἑρμῖν᾽ ἀσκήσας, ・・・ (23-197,8)

しっかりとうまく、そして墨縄で真っすぐにし

(寝台の)柱を作った、 ・・・

地に生えたオリーブの株自体が寝台であるのだから動かせるはずがないわけだ。

その造営造作についての描写は十数行に亘り、詳細を極める。同様の描写の熱心さは前に船建造の場面でもあった。こういう嬉々とした筆致、いや語り口を前にすると、詩人は大工だった経験があるのではないかと思う。

樹木をそのまま寝台にするところには、太古の樹木信仰の名残か、あるいは、北方など他地域からの影響があるかも知れない。

幸田露伴の『音幻論』を読んでいる。露伴晩年の日本語の音韻についての随筆だ。最後は口述筆記だったようだ。「アイウエオ」の持つ意についてこんな一節があった。

 「アは全体発生の意、ウはそれに反して収め、閉じ、止(トドム)る意、イはつき進む意、エはつき進むのではなく命令するやうな意、オは送り出し、応ずるやうな意をもってゐる」

かなり単純化した裁断で、露伴自身「大胆な」「大体の」意義と断っているが、示唆的だ。

そういえば、今日引用の一節197行目にἴθυνα [îthyûna](真っ直ぐに)があったが、これも「つき進む意」があることに気づく。