12月20日


アガメムノーンの亡霊は求婚者達の亡霊の中に旧知のアンピメドーンを見つけ、どうしてここに、と問う。問われた彼は、ことの次第を述べる、その中に、


αὐτὰρ ὁ ἣν ἄλοχον πολυκερδείῃσιν ἄνωγε
τόξον μνηστήρεσσι θέμεν πολιόν τε σίδηρον,
 (24-167,8)

彼(オデュッセウス)は狡知に長けた奥方に命じたのです

弓と灰色の鉄(の斧)とを求婚者達の前に置くようにと

ἡμῖν αἰνομόροισιν ἀέθλια καὶ φόνου ἀρχήν. (24-169)

悲運の我々に、競技の的として、殺戮の手始めとして


このアンピメドーンの説明では、弓競技はオデュッセウスが「命じたἄνωγε」とされている。がしかし、この詩編ではこれまでそのようには語られていなかった。ペーネロペイアはアテーネーの計らいで弓競技を自ら思いついた(21-19)。(まだ老人を装っていた)オデュッセウスはその思いつきを彼女から聞き、「その競技を実施を延期することのないように」と勧めはした(19-571~87)、しかし思いついたのはあくまで彼女だった。

この齟齬はどう考えるべきだろうか。こういうことだろうか。すなわち、登場人物はすべてを知っているわけではない。求婚者は求婚者の立場で見えるものだけを見ている。求婚者アンピメドーンから見ればペーネロペイアとオデュッセウスが二人して企んだととるのがむしろ自然であったろう。

又逆に、こんなことはないだろうか。これは半分冗談だが、アンピメドーンの言が正しくて、詩人がこれまで聴衆・読者を欺いてきたのだと。詩人が嘘をつかないという保証はない。元々ありもしないことを創造するのだから。

又更に、これはあり得ないか。詩人こそ欺かれたのだ、と。すなわち、「狡知に長けたπολυκερδείη」ペーネロペイアと「術策に長けたπολύμητις」オデュッセウスとのコンビのことだ、詩人もこれまでまんまと騙されてきたのだ、と。これはまあ九割がた冗談だが、こんなことまで考えさせる詩編だ。


今日も冷え込みが厳しかった。

北海道に鶴居村というところがある。名前のとおり鶴の飛来地で、今朝は零下二十度となったらしい。そこの風景写真が新聞に載っていた。川霧のたちこめる中、佇む丹頂。水墨画の世界だ。

 凍鶴に照準合ひぬ鉄も凍て  拙作