7月29日
トロイアで伏勢を組んだ寒夜のこと、自分は上着を持たず寒さに耐えきれず、端のオデュッセウスに肘でつついて寒さを訴えたのだと言う。「肘でつついてἀγκῶνι νύξας」も敵陣近く潜んでいる伏勢の感じが出ている。
ὣς ἐφάμην, ὁ δ᾽ ἔπειτα νόον σχέθε τόνδ᾽ ἐνὶ θυμῷ,
οἷος κεῖνος ἔην βουλευέμεν ἠδὲ μάχεσθαι: (14-490,1)
私はそう言いました。すると彼(オデュッセウス)はこんな策を思いついたのです
評議につけ戦闘につけ彼がいつもそうであるように
こんな風に素知らぬ顔で(であるかどうか見たわけではないが、内心ウインクしたにせよ外見上は素知らぬ顔に違いない)自分で自分を賞めるのもオデュッセウスならではだ。
そこでとったオデュッセウスの策というのが傑作だ。仲間に向かって言う、誰か本隊のアガメムノーンの所に加勢要請にひとっ走り行ってくれないか、と。すると、よしきたと一人が立って上衣を脱ぎ捨て駆け出す。その上衣をまんまと自分の物にできたと言う。
そしてその話を受けて(ボロを纏った老人に扮したオデュッセウスは)自分もその時のように若い勇士であれば思いやりと敬意を込めて上衣を恵んでもくれようが、今はボロを纏っているので蔑まれていると嘆いてみせる。
昨日から今日にかけての一節には、どうも理解しがたいところがある。豚飼を試す理由が分からない。忠義や親切心は既に充分確認出来ているのだからそれ以上「試す」必要はないのではないかと思うのだ。オデュッセウスの軽いからかいの気持ちからだろうか。仮にそうだとすると、それはそれで純朴な豚飼のためにいささかの義憤を禁じ得ない。