8月13日


豚飼は自分の出自とイタケーに来た経緯について語り始める。

生まれはシュリエーという島で、そこは「太陽が向きを変えるところ」だという。この「太陽が向きを変えるところὅθι τροπαὶ ἠελίοιο」は直訳なら「太陽の回帰点の(ある)ところ」とでもなろうが、謎めいた詩句で、その解釈は古来諸説入り乱れているようだ。天文学、地理学、歴史学、神話学、文献学等全てが絡むのだから無理もない。いずれ、地中海世界のはずれ、であろう。

さてその島は、


οὔ τι περιπληθὴς λίην τόσον, ἀλλ᾽ ἀγαθὴ μέν,
εὔβοτος, εὔμηλος, οἰνοπληθής, πολύπυρος. (15-405,6)

それほどまで住民は多くなく、しかし良い土地で

牧草豊かで羊を飼うに適し、葡萄に富み、小麦も沢山とれる


と、理想の田舎の条件が挙げられる。そして続ける。


πείνη δ
᾽ οὔ ποτε δῆμον ἐσέρχεται, οὐδέ τις ἄλλη
νο
ῦσος ἐπὶ στυγερὴ πέλεται δειλοῖσι βροτοῖσιν: (15-407,8)

貧乏に襲われることも無く、その他どんな

忌まわしい疫病に哀れな人間共が見舞われることはない


「貧乏πείνη」と「疫病νοῦσος」は最も恐れられていたのだ。


疫病で思い出すことがある。以前訪れた南イタリアのパエストウムのことだ。

パエストウムは紀元前六世紀頃のギリシア神殿が残っている。ヘーレー神殿、アテーネー神殿、ポセイダーオーン神殿とほぼ原型に近い形で残っていて、今まで見たギリシア遺跡の中では最も壮観だった。往事は地中海の諸都市の中でも屈指の都市だったに違いない。しかし、紀元後に滅びた、その最大原因は疫病だったという。

国が亡びるのは戦争だけが原因ではない。貧乏(今なら財政破綻というのだろうが)の場合もあろうし、疫病の場合もあるのだった。