9月20日



 そしてイーロスは一戦交えようとしてこう言う。



ζῶσαι νῦν, ἵνα πάντες ἐπιγνώωσι καὶ οἵδε (18-30)

さあ褌を締めろ、皆さん方に(我々の戦いを)よく見て頂くように



 「褌(まわし)を締めろ」と訳したζῶσαιは「帯を締めろ」とも訳せるが、いずれにせよ相撲の褌(まわし)様のものを腰に巻き付けるのだろう。ところで、どうしてそういう必要があるのか。というのはその後実際に行われた戦いはこう描写されているからだ。



δὴ τότ᾽ ἀνασχομένω ὁ μὲν ἤλασε δεξιὸν ὦμον
Ἶρος, ὁ δ᾽ αὐχέν᾽ ἔλασσεν ὑπ᾽ οὔατος, ὀστέα δ᾽ εἴσω (18-95,6)

その時二人は(拳を)挙げて構え、一方は右の肩を撃った

イーロスが、他方(オデュッセウス)は耳の下の首を撃ち骨を中へと(打ち砕いた)


こうしてオデュッセウスはなんなくイーロスを倒す。この描写から見ると戦いは拳闘に違いない。褌は相撲であれば組み合うためということもあろうが、拳闘における意味は何だったのだろうか。

そういえば、『イーリアス』第二十三歌のパトロクロスの葬送競技においても拳闘があった。確かめてみたらそこでも「褌(まわし)を締め」ている。そこで次に行われた相撲でも「褌」をしていたことはもちろんだが。

最初に思いつく理由は「隠し所を隠すため」だが、これは上衣だけを脱げば済むことではないかとの疑問が湧く。それとも当時乞食は下半身だけの衣類はつけていなかったのか。その他にもいくつかの理由が推測できる。一つは急所(所謂金的)保護のため。二つ目はルール上そこから下は殴ってはいけないという目印として。三つ目は腕の打撃力を増すため。組み合うためでない以上このようなところではないか。真実はどれなのだろう。ここら辺は文献学者に聞くより、拳闘に詳しい人に聞く方が近道なのかも知れない。



明日から十日あまり旅行。行き先はフランスのブルゴーニュとオーベルニュ。いくつかの村や町、教会を訪ねる予定だ。

その期間の日録については、『オデュッセイアー』に関わる部分は書きためておいた。身辺雑記や余談の部分は旅行記として(旅行中は難しいので)帰国後書き足したいと思う。