9月22日


アンピノモスがオデュッセウスのもとにやってきて勝利を讃える。このアンピノモスは例のeasy-goingな求婚者だ。そこでオデュッセウスが言う。


οὐδὲν ἀκιδνότερον γαῖα τρέφει ἀνθρώποιο,
πάντων
ὅσσα τε γαῖαν ἔπι πνείει τε καὶ ἕρπει. (18-130,1)

大地は人間より弱い何者も育てていません

大地の上で息し這い回る全てのものの内で


これはどこかで聴いた詩行だなと思ったら『イーリアス』のゼウスの嘆息として同様の詩行があった。

οὐ μὲν γάρ τί πού ἐστιν ὀϊζυρώτερον ἀνδρὸς
πάντων,
ὅσσά τε γαῖαν ἔπι πνείει τε καὶ ἕρπει. (17-446,7)

というのも人間より嘆かわしいものはどこにもないからな

大地の上で息し這い回る全てのものの内で

「より弱いものがἀκιδνότερον」が「より惨めなものὀϊζυρώτερον」となっているが、ほとんど同一詩行だ。「息し這い回るπνείει τε καὶ ἕρπει」は先の貫之「生きとし生けるもの」のホメーロス版といえるかも知れない。

ここにある「弱さと惨めさ」は両詩編共通の人間観だ。しかし、と思う。これはホメーロスの思想の一つの重要な核ではあるが、あくまで一つのでありホメーロスはここにある人間観だけで語られるべきではない、と。ここにある人間観に立ちつつ、「されど」いや「さればこそ」の後に来るものがなければ両詩編の成立はなかったに違いない。


トゥルニュからソーヌ川沿いに徒歩一時間、ヴィラ-ル村を訪ねる。車を使わないので歩いて行けるところでロマネスクの教会がどこかないかと、ブルゴーニュ在住の人に訊いて教えてもらったのだ。人口三百人と言うから本当に小さな村だ。教会も小さくて質素だ。村に一軒とおぼしきレストランで昼食。そこで厨房から時々視線を送ってくる若者がいる。まさかと思ったがどうも日本人らしい。後で話が出来た。まだに二十三才で、一年間修行に来ているという。レストランの二階に住み込みだ。頼もしい。

教会の裏手からのソーヌ川を眺望する。裏手に出るには教会を通り抜けねばならず、行き方がわからなかったが、レストランの人に教えてもらった。

帰り道サン・フィリベール教会の鐘楼が少しづつ見え隠れして近付いてくる。

 秋空に飛び立ちかねつ塔の鳥  拙作