10月7日


オデュッセウスは、クレーテーの王子であったこと、そこでオデュッセウスをもてなしたことなどをまことしやかに語る。それを聞いてペーネロペイアは涙する。


τῆς δ᾽ ἄρ᾽ ἀκουούσης ῥέε δάκρυα, τήκετο δὲ χρώς:
ὡς δὲ χιὼν κατατήκετ᾽ ἐν ἀκροπόλοισιν ὄρεσσιν, (19-204,5)

聞いている彼女から涙が流れ、肌は溶けた

あたかも高い頂の山の雪が溶ける如くに


ἥν τ᾽ Εὖρος κατέτηξεν, ἐπὴν Ζέφυρος καταχεύῃ:
τηκομένης δ
᾽ ἄρα τῆς ποταμοὶ πλήθουσι ῥέοντες: (19-207,8)

その雪はエウロス(南東風)が溶かす、ゼピュロス(西風)が降り積もらせたのを、

そして溶けた雪で水嵩を増して川は流れる


印象的な比喩だ。そして「肌が溶けたτήκετο δὲ χρώς」は大胆な表現だ。理屈を言えば、肌が涙に濡れ、溶けるが如くに見えるというべきかもしれない。しかしここでは、「肌が溶けた」によって、直に聞く夫の消息に身も心も震撼され、くずおれるさまが浮かび上がってくる。


フランス語を新しく学ぼうとする人に「いい独習書がないか」と訊かれてハタと困った。その人は、単に実用だけでなく、文化伝統も併せて学びたいという希望を持っている。そういう人にと思って最近も探したことがあるのだが、現在出ている本はどれもどうもあまり薦められない。

かつて前田陽一・丸山熊雄共著の『新フランス語入門』という本が岩波書店から出ていた。これはいい独習書だったが長く絶版になっているようだ。発音、文法、講読が一冊にまとまっていた。中心をなすのは文法篇だが、そこで引かれている例文が興味と向学心をそそるものだった。文人、思想家の名句、名文から採られている。解説や註も充実していたし、レイアウトも洒落ていた。

いつの間にか手元から無くなっているが、古本なら手に入るだろう。取り寄せて改めて見直して、やはり良いようならこれを薦めることにしよう。