万次郎は例の階段横の壁から突き出てきた禿頭のおじさんに驚いたのだ。
「あの?お兄さんは?おられます?」
「あ〜山本くんな!山本くんは昨日で辞めたわ!」
「?・・・山本くん?って昨日ボクにハムサンドを教えてくれはったお兄さんですか?」
どうやら、禿頭は山本の上司?禿頭は喫茶ロイヤルの経営者らしい。
「あ〜ボクっ?名前なんやった?山本くんがな、キミなスジがいいて言うてたで!ほなら!いいな、今日から頼むで?」
今日から?頼む?誰が?何を?た・の・む?
「私はこの店の経営者で田中保といいます!」
自己紹介しながら田中は万次郎に缶箱を手渡した。
釣り銭の入った缶箱を万次郎は受け取った。
「今日はお兄さんは?」
「山本くんは昨日辞めたてさっき言いましたやろ?」
辞めた?て?お兄さん辞めた?軽いショックを万次郎は受けた。
何故言わなかった?
昨日?
ボクが帰る時に何故辞めるて言わない?
万次郎は山本が明日自分が喫茶ロイヤルを辞めることを何故説明しなかったのか、気になっていた。
ほなら今日からお兄さんの代わりに禿頭とハムサンド一緒に作るんか・・・
禿頭は万次郎に言った。
「そしたら、冷蔵庫に今日の分は全て材料入ってまっさかいな、無くなりしだいな、売り切れました〜とお客さんに言ってな近いモンを薦めてあげや〜」
喫茶ロイヤルの経営者田中は、スクッと狭い厨房の冷蔵庫の前にある椅子から立ち上がった。
階段を登って入口へと向かう禿頭の田中。
「あの〜?」
階段途中で振り向く田中。
「なんや?万次郎くん!」
「何処へいかはるのん?」
万次郎は何か嫌な予感がしてきたのである。
「何処て、帰ります」
「帰るて?おじさん何処に帰るん?」
「自宅に帰りますわ、そや、店閉める時なカウンターに缶箱を置いて帰ってくださいな!あっ!そや、店の鍵な〜缶箱に入ってまっさかいな、ちゃんと鍵かけて帰ってや〜、おっちゃん万次郎くん帰ったら店に戻って缶箱取りにくるからな、おっちゃんは鍵もう1つ持ってまっさかい、万次郎くん店の鍵持って帰って明日鍵開けて店に入りや、ほなな」
万次郎は理解した。
そうか昨日山本は辞めるので店を任せる人間を見つけたかったからアルバイト募集していたんやなと。
それで、今日からボクは1人で喫茶ロイヤルをするんやなと!
カランカラン🎶
喫茶ロイヤルを出て行く禿頭の後頭部を万次郎は階段下から見つめていた。
そうや!
お兄さんも、禿頭の田中も、最初はハムサンド作れなかったに違いない!
「誰でも、最初はどシロウトやないかい!」
万次郎はそう呟いたのである。
ほなら、やったる!1人で喫茶ロイヤルをやったる。
こうして万次郎は中二の夏休みひと月を喫茶ロイヤルで過ごした。
万次郎は1人で喫茶ロイヤルをまわしたのである。
誰でも最初はど素人!
誰でも最初はど素人・・・
やれば、出来る!何事も。
こうして万次郎の14歳の夏は過ぎていったのである。 完