薄暗い深草の団地階段を4階まで上がった。
団地は冷んやりとしてはいるが、何故か蒸し暑い。風が通らないのだ。
408号室、407号室、406号室・・・
401号室!
ここや!表札はない。
しかし、メモ紙が鉄板のドアにセロハンテープで張り付いていた。
日口 と苗字だけ書いてある。
ぶっきらぼうに黒マジックで書かれているのを確認した次生。
鉄板のドアのキッチンの出窓の硝子から灯りがこぼれている。
人の気配を感じた次生は、コンクリートの打ちっぱなしの廊下をゆっくりと歩いて、団地向いのベンチ前に止めていたYAMAHAパッソルに跨い今熊野にある賃貸アパートに向かった。
もしもし?お母ちゃんか?今、行ってきたで。
そうか、ご苦労さんやな!で、どやった?
表札あったか?
表札はなかった。けど、
けど?なんや?
メモに書いてありました、日口て書いてあった。
そうか?そうか。
納得したか?お母ちゃん?
あ〜納得したわ。
あんな、お母ちゃん?
あんまり、探偵見たいな事な、止めておきっ!突き詰めてもお母ちゃんが振り回されるだけやで。
あんたはわかってへんのや。
なにが?
止めなあかんねん、こういう場合は!
なに言うてんねんな、お母ちゃん?
いつも言うてるセリフと違う事、言うてますで?
ボクはなもう、金輪際探偵ゴッコしいひんしな。これで最後やしな。
これからは、4女に探偵さしな!
影でコソコソごちゃごちゃすんなって言わなあかんねんで?お母ちゃんは。
振り回されてるがな、4女に。
あかん、あかん。ほっときなはれ。
次生はこんな行為は卑しいと思っていたのである。
これ以来、探偵ゴッコの要請はなかった。
ある日、夜半に左脇腹に激痛が走り、背中へと激痛が広がった次生。
額からあぶら汗が、全身から汗が吹き出てくる。こんな痛みは初体験である。
普通ではない痛みに、黒電話をとった。
119番。程なく救急車が到着し、次生は救急病院に搬送された。京都駅前武田病院に。
ベッドで横たわり呻いていた。が、しばらくすると、嘘のように痛みが消えた。
松本さん?起きてますか?
はい。起きてます。
担当の栗山と言います。内科を担当しています。先程の検査の結果、尿管結石が疑わしいと思っております。尿管結石とは・・・
要するに尿管結石は3回の激痛が起こるケースが多いらしい。
腎臓から尿管に小さい石が動く時に痛む。
尿管から膀胱に石が移動し膀胱に入る時に痛む。
膀胱から尿道口に石が移動する時に痛む。
尿管結石の患者にもよるが、およそこんな診察説明を受けた。
つまり、大した事はないと。
水やお茶など充分に飲みなさい、歩きなさい、階段を登ったり下ったりして石を移動させて、尿と共に石を排泄しなさい、と言うことなのだ。
翌日、水分補給をし膀胱に尿をパンパンに溜めながら階段を上がったり下がったりしていた。
階段の踊り場でブルーの清掃服を着ている人がホウキを持って掃除をしている。
あっ、すいませんね、清掃しています。
次生は、
いえいえ、すいません、歩かないと行けないもので。
結石ですか〜っ?
問いかける清掃の人。
はい、よくおわかりですね?
と、お互いの顔を踊り場で見合わせた。
お互いが。
あっーあ〜?
松本法律事務所のーーー?
はい!日口さん?です、か?
武田病院の清掃人は日口泰子であった。