秋には小さな2階建ての家が完成した。
康三は潔子と次生を誘って中京区にある恵比寿町の家具屋通りにタクシーで向かった。
康三にしては非常に珍しいタクシー利用である。
何買うの?
お父さんの机や。
どこに置くん?新しい机?
康三は次生の質問に答えない。
な〜てぇ?どこに机置くのんや!
どこでもかまへんがな。
なんか、なんか、嫌な予感がした。
次生?新しい机欲しいか?
欲しい、ボクもうすぐ中学生やしな、新しい机欲しいわ。
ほな、買おか?なんか、見てみ?
お父さんはな、これにするわ。
アコーディオン式の初めて見る机に次生はびっくりした。
ボクもこんなん欲しいけど、なんか大人用やな?これは。
ボクはこの机にします!
アニメの巨人の星の主人公、星飛雄馬が机の本棚にプリントされてある机であった。
ほな、お父ちゃん?ボクこの机な、新しい家の2階に置くわな。
あかん?2階はお父さんや。2階にアコーディオンの机をお父さんは置きますっ!
えっ?ボクの部屋違うん?
黙っている康三。
潔子が次生に囁いた。
あんた、又騙されたんや!
えっ〜ボクの部屋違うの?
違う違う違う、あんたは騙されたんや、いっつも騙されてるがなー。
えっ?え〜夏休みずっと大工さん見てたやん、ボク。お父ちゃん、言うたやん?ボクの部屋作ってあげるて。あれは嘘かぁー?
黙り込む康三。
そうなんか、また、騙されたなボク。
大切な夏休みやったのにな?
勉強しなあかん夏休みやったのにな。
また、騙しよったな。
康三はいつも、次生ーーー?お父さんな、四条行くけど付いて来るかァ〜?
行く行くー。なんかお父ちゃん買ってな〜!
はい、買うたる買うたるー。
仲良く手を繋いで四条の本屋巡りです。
な〜てぇ、もうええん違う本屋さん?
ボクな野澤屋行きたいわ。
野澤屋かァ?
家と反対の方角やし、いけへんな、今日は。
ほんなら帰り道、南座の隣りのあやきは?
あ〜あやきな、かまへんよ、行こな。
2人で手を繋いで、あやきへ?
野澤屋もあやきも当時の四条では有名なおもちゃ屋であった。
康三はあやきの手前で方向を変えて、次生があやきの前を通過しないようにするのであった。
あれっ?お父ちゃん?こっちな、あやき、ないで?
無言の康三である。
次生は又、騙しよったな、と仲良く繋いでいた手を離し、帰り道を涙目で走って帰るのであった。
おかあちゃん!おかあちゃんーーー。
また、お父ちゃん嘘つかはったわ。
また、騙しよってん!💢
あんたな〜何回だまされたらわかるのんぇ?
もう〜付いて行かんとき、お父さんと四条に。
次生は、何回も何回も何回も何回も騙されたのである。
な〜んにも買ってくれなかった・・・
自分だけ本を買う康三。
こうした事が度々あったにも関わらず、自分の部屋を作ってくれていると信じ、康三に従い大切な夏休みを棒に振るう羽目に合うのであった。
結局、新しい小さな2階建ては康三と潔子が住む為に建てたのであった。
古びた築100年位のボロボロの家に次生は三女の由紀子と住むのであった。
時に次生は中学一年生である。
上の兄弟姉妹は全て家から出て行っていた。
独立したり、嫁いだり、下宿したりで。
次生は、1人であった。