せっとんの小説専用ブログ

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まだ7月の終わりだというのに、蝉がジージー慌しく鳴いている。連中もなかなか大変だ。

「ふぅ~…」

一つ、大きな深呼吸をすると僕は腕時計を確認した。
現在時刻、午後6時47分。…大丈夫、いつも通り。
自分にそう言い聞かせて、ポケットの中に入っている紙をグッと握り締める。

彼女がここに現れるまであと約10分。
どうにも落ち着かないので、僕はここまでの状況を改めて再確認する。
 
 

僕がここでストーカーのように待ち伏せしているのは、去年同じクラスだった佐藤唯菜という女の子。ちなみに陸上部所属。
彼女とは去年席が隣になってから仲良くなった。…というか、僕は彼女に恋をしてしまった。現在進行形。
2年になってクラスが変わってしまい、話すことも少なくなってしまっていた5月の半ば、僕は運命の神様と出会った。


その日、僕は週に1回だけの部活に出ていた。
ちなみに僕が所属してるのは囲碁部。
……今笑ったやつかかって来いよ。

囲碁部の活動は週1で毎週木曜日の放課後にある。僕はいつも、適当に1局か二局くらいしたら帰るのだけど、その日はたまたま先輩との対局が長引いてしまい、下校時間のチャイムが鳴るまで学校に残っていた。

自転車小屋へと向かい、校舎からいっぱい出てくる人ごみに新鮮さを感じながら自転車を引っ張り出そうとしたそのとき、僕の視界に天使の姿が映った。
校舎とは反対のグラウンド側からやってきたその天使、もとい、佐藤さんは僕の姿を見つけると、手を振ってこっちへと近づいてきた。

「青木くん!?こんな時間に青木くんと一緒になるなんて珍しいね!」

僕の名前は青木道隆(みちたか)という。

「青木くん、確か駅まで一緒だったよね?」
「うん、そうだけど。」
「じゃあ、一緒に帰ろっか!今チャリ取ってくるから待ってて!」

と、僕が返事をする間もなく、僕と佐藤さんは一緒に帰ることになってしまった。
その帰り道、佐藤さんが突然、

「陸部ってみんな電車使わないで帰っちゃうから、いっつも帰り一人でね…」

と言い出した。そうじゃなくてもいきなりの展開に焦っていた僕は、パニック状態のまま、

「そっかぁ…。じゃあ、俺が毎週木曜日だけ一緒に帰ってあげるよ。」

と、聞く人が聞いたら訴えられかねないような発言をしてしまった。言ってから後悔したけど後の祭りだ。
しかし、どぎつい非難の発言を構えた僕に佐藤さんは、少しだけ顔を赤くしてから小さな声で、

「…じゃあ、お願いしようかな。」

と言ってきたのだった。
というわけで、ここに『毎週木曜日は佐藤さんと一緒に帰ります同盟』が成立し、毎週木曜日、僕らは一緒に下校することになったのである。
 
…と、ここまでが今までの話。でも流石にもう一緒に帰ることには慣れてきたし、緊張の理由はこれではない。

僕が今日、ここまで緊張している理由――それは、僕のズボンのポケットの中に入っている一枚の紙切れだ。

そこに書いてあるのは、一学期最終日である今日から1週間後に行われるこの地域では一番のお祭りの案内。
そう、つまり僕はこれから佐藤さんを夏祭りに誘おうとしているのだ!
でも、ただお祭りに一緒に行こう、と言うのなら、そりゃ緊張はするかもしれないけれど、きっと今の僕のように自転車小屋の影にストーカーのように隠れたりはしてないと思う。…というか思いたい。

緊張の最大の理由。それは、その夏祭りに行く男女のペアは、ほぼ100%が恋人同士である、という、このお祭りの困った傾向にある。
そう。つまり、お祭りに誘う=告白するっていうことに他ならないのだ!
これを緊張せずしてどこで緊張しようか!!

…ってな訳で、絶賛緊張中の僕。

時計を確認。そろそろ彼女の姿が見えてもおかしくない時間だ。
もう一度深呼吸をしようと思って、息を吸ったそのとき、視界に彼女の姿が映った。

「ぐぇほ、げほ、ごほ!」

…盛大にむせた。

「ごめん!待たせちゃった?…大丈夫?」
「だ、だいじょぶだいじょぶ!そんなに待ってないし!」

…おい、全然大丈夫そうじゃないだろ、自分。

「そう?じゃあ、自転車とって来るね!」

彼女が視界からフェードアウトしている間に、僕は今まで繰り返してきた脳内シュミレーションをもう一回することにした。
 
僕「あ、あのさ。ちょっと話があるんだけど…。」
佐「ん?お願い?」
僕「来週のお祭りなんだけど、誰かと行く予定とか、ある?」

佐藤さんに彼氏がいないことはいろんなネットワークを駆使して調査済みだ。

佐「予定はないけど…。」

ここでビラを取り出す。

僕「よかった!じゃあさ、もしよかったら、一緒に行かない…?」

よし、ここまでは完璧だ!

佐「…はぁ?」

…え?

佐「なんで私がアンタなんかと一緒にお祭りに行かなきゃなんないわけ?バカなの!?死ぬの!?」
僕「い、いや、そんな…」
佐「何よ、きょろきょろしちゃって!キモイのよ!私、先行ってるから!」
僕「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 

……………………………。
シュミレーションで失敗してどうするんだよ!
あぁ、余計に緊張してきた…。そんな僕のことなんか露知らず、佐藤さんは自転車を引きずって僕の元へとやってくる。

「じゃあ、いこっか!」
「うん…。」
 
夕暮れの帰り道を二人並んで自転車を漕ぐ。
正直、これはもう付き合ってるんじゃないだろうかって思うことがよくある。けど、きっと佐藤さんは全然そんなつもりじゃないんだろうし…。
学校が見えなくなった辺りで僕は話題を『そっち』へと持っていくことにする。

「明日からやっと夏休みだね。」
「そうだねー。青木くんは夏休みどっか行く予定とかあるの?」

これは…チャンス…か?
いや、あまり焦りすぎると却ってよくない。ここは少し雑談を広げるのがベタかな。

「今年はなんにもないかなー。ウチは部活もやらないしね。」
「そうだね、囲碁部だもんね!」

…そうやってあんまり笑わないで欲しい。虚しくなるから。

「笑うなってー!佐藤さんはなんか予定とかないの?」
「うーん…」

彼女は一瞬考えた後、

「そうだなー、私も何もないかな。夏休みは部活が忙しいしね。」
「そっか、陸上、頑張ってるもんな。」
「頑張ってますよー。ただ、さ…」
「ん?」
「夏休みは帰りずっと一人なんだなって思うとちょっとだけ寂しいかなーって…。」

…えーっと。これは僕はどう反応したらいいんですかね?
と、返答に困っている僕を指差して、佐藤さんが突然吹き出した。

「なんてね!何赤くなっちゃってんの!」

え!?今のはなんですか、冗談ですか!?って余計言い出しづらくなっちゃったじゃないですか!!

「あ、赤くなんかなってねぇし!」
「いや、絶対赤かったもん!!絶対照れてた!」
「うるさいうるさい!」
「あー、否定しないんだ?」

ニヤニヤしながら僕の顔を覗いてくる彼女。
そりゃあね。実際かなり照れてますしね。あなたのこういうところとかもう堪らなく可愛いとか思っちゃいますしね。
だから僕は精一杯の反抗に出ることにする。

「あんまり言ってくると夏休み明けからもう待っててあげないよ!?」

と、彼女の顔が一気に焦ったものに変わる。してやったりだ。

「ごめん!それは困る!」
「…なんてね?何ムキになっちゃってんの~?」
「…なってないし!」

…ホント、このやり取りはもう付き合ってるってことででいいんじゃないかな!?
 
そうこうしてる間に、駅が見えてきてしまった。…というか、もう駅前の信号だ。
ヤバイ、とか思ってる間に信号が青へと変わった。
時計を確認すると7時18分。佐藤さんがいつも乗るのは22分の電車だから、ここから走れば十分に間に合う。ちなみに僕はここから自転車で5分のところに家があるので電車には乗らない。
ということは、必然的にチャンスはあと4分しかないのだ!!
どうしよう、諦めるか…?

「じゃあ私自転車置いてくる!」

佐藤さんが急ぎ足に自転車を置きに行った。自転車を置いてきた佐藤さんを改札まで見送ってから僕も帰るっていうのがいつもの習慣だ。
佐藤さんが自転車にチェーンを掛けているのを眺めていると、駅へと電車が入ってきた。こっちへ向かってくる佐藤さんの足が自然と小走りになる。

…正直な話、未だに決心というものがついてない。
ただ、ここを逃したらきっともう彼女とはずっと友達で終わってしまうような、そんな気がした。
だから、僕は小走りで改札へと向かう佐藤さんを大きな声で呼び止める。

「佐藤さん!ちょっと待って!!」

今まさに改札を抜けようとしていた佐藤さんの足が止まった。発車ベルの音がして、電車が出て行く。次の電車は45分後。これで、僕のチャンスは十分になったわけだ。

「あー、電車行っちゃった…。で、何かな?」
「あ、ごめん…」

思わず罪悪感が先に出てしまう。

「ううん、それより、ここで青木くんに呼び止められるのって初めてだから、なんか変な感じー。」

とりあえず怒ってなくて安心。

「そ、そうかな?」
「そうだよー!で、何かな?」

はぁ…。
来ましたよこの瞬間が…。


一回大きく深呼吸をして、僕はもう手汗でボロボロになってしまったお祭りのチラシをポケットから取り出して、顔の脇に掲げた。

「佐藤さん、さ。来週のお祭り、誰かと行く予定とか、って、ある…?」
「え…。ない…けど…?」

佐藤さんの顔がポカンとしたものに変わる。
よし、ここまでは予定通り。

「じゃ、じゃあ、さ…、その…」
「…いいよ!」

…へ?

「…へ?」

あまりの急展開に思わず声が出てしまった。

「何がいいよ?」
「お祭り!私と一緒に行きたいんでしょ!」
「う、うん…。」
「い、一緒に行ってあげてもいいかなって…」

と、モジモジしてる佐藤さんのジャージのポッケから紙切れが一枚落ちた。
佐藤さんが慌てて拾おうとするものの、風が吹いてこっちのほうへとやって来た。

「あ!!」

佐藤さんが大声を上げたけど、そのときにはもう僕はその紙切れを開いてしまっていた。
紙切れに書いてあった内容。それは、
 









『お祭りのお知らせ』







 
…えーっと、これはつまり…、どういうことだ?

「そのー、それはー…」

さっきよりも明らかに顔が赤くなってしまっている佐藤さん。
…きっと僕もこんな顔してるんだろうな。

「これは、さ。つまり、そういうこと…?」

僕の一押しについに佐藤さんは、
「もう!いいでしょ!これ以上追求したら一緒にお祭り行ってあげないからね!」

と、お怒りの様子。
その姿があんまりにも可愛いもんだから、僕の顔も一緒に赤くなってしまう。

「わかったわかった!じゃあ、よろしくお願いしまーす。」

僕が頭を下げると、佐藤さんも笑いながら、

「こちらこそよろしくお願いします…」

と呟いた。
時計を見ると、次の電車まであと25分。

「もちろん次の電車が来るまで青木くんは私に付き合っててくれるんだよね?」

挑戦的な質問に僕は
「そうだなー、まあ、佐藤さんが『どうしても』って言うなら?」

と返す。

「…ばか。」

顔を真っ赤にする佐藤さんは今まで見た中で一番可愛くて、思わず僕はそれに見とれてしまう。

「あれぇ、帰っちゃってもいいのかな?」

もうここまで来るとさっきとは打って変わって形勢逆転だ。

「わかった!じゃあ、私は、青木くんにここに居て欲しいです!…これでいい?」
「そのー、そうやってあんまりストレートに言われると却って照れるんだけど…。」
「やった!形勢逆転!」
 
 
今年の夏は、今までの何倍も楽しくなる。僕は、なんとなくそんなふうに思った。
 
 
 
 
 
 
~fin~