今朝も、夜中に目が覚めて、
それから悶々とした時間が続きました。
いちど思考のおしゃべりが始まっちゃうと、なかなか止まらないですよねぇ。
で、グルグル思考が回ると、頭痛がしてきますね。
楽しい思考じゃなくて、不安な思考ばっかりなんで。
ところで、肉体を持つ以上、
死は切り離せませんが、
死を恐れているということは、
自分は肉体であり、
そして「無」であると信じていることになります。
肉体は、滅び、消滅するものですから。
消えてしまうようなものは、もともと存在などしていないから「無」
だけど、どう考えても自分という存在を感じますから、
そこに矛盾が生じます。
だから、亡くなった方も天国に・・・なんて言ってみたりするわけですが、
そもそも天国って何よ?
なんとなく知ってるけど、でも知らない存在。
知らないっていうか、
多くの人にとっては、知りたくない存在です。
あえて知ろうとしない。
なぜ知ろうとしないのかと言うと、
怖いからです。
それで肉体に執着する。
死にたくないよ~!と。
こんな不自由で、不愉快で、面倒くさい身体なんて、
さっさと捨ててしまいたい、なんて私は思うんですけどね。
そうそう、それで思い出した。
この世の中の論調で、
子供や若者偏重主義みたいなのありますが、
これが、ちょっと腹が立つ。
「未来ある子供たち」
「子供は宝」
「罪のない子供たち」
「可哀そうな子供たち」
etc...
みたいな言葉は、裏を返すと、
「未来のない大人/老人」
「大人/老人はどうでもいい」
「罪深い大人/老人」
みたいなことを言ってるわけで。
大人は自分たちを粗末にしているように思います。
大人も子供も老人も、天国ではみな等しいわけですよ。
まぁ、肉体が無いから当然か。(笑)
誰もが等しく価値ある存在です。
明日も、誰かに優しくしたいね。