いよいよ最後となりました。
佐渡から新潟までの航路で乗った、おけさ丸の紹介。

こんな6階まであるのですよ。
ところで、日本の船の名前は、最後に「丸」がつくことが多いですが、
これは何故なんでしょう?
ということで、調べてみると…
語源の説明としていちばん代表的なものが「麿(まろ)」の転化だとする説。
もともと自分のことを「麿」といっていたのが、のちに、「柿本人麿」のように敬愛の意味で
人につけられるようになり、それがさらに愛犬や刀など広く愛するものにも転用された。
その「麿」がやがて「丸」に転じ、船にもつけられるようになったというものだ。
もうひとつは、本丸、一の丸などといった城の構造物を呼ぶときの「丸」からとられたという説。
もうひとつは、本丸、一の丸などといった城の構造物を呼ぶときの「丸」からとられたという説。
つまり船を城に見立てたというわけだ。
このほかにも諸説があり、いずれも決定的とはいいがたい。
このほかにも諸説があり、いずれも決定的とはいいがたい。
ところで明治期に制定された船舶法取扱手続きに、
「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」
という項がある。語源の説明とはいいがたいが、
これが明治以降の日本商船の船名に「丸」がつく大きな理由になったということはできよう。
(日本船主協会サイトより)
・・・ということだそう。
なんと、10世紀ごろから使われていたそうです。
最近、おしゃれな名前が多くなり、「丸」が付かない船も多くなってきましたが、
この伝統は続けてほしいなぁ。
そういえば、雑誌「丸」はどうなったんだろう?

こちらは中央エントランス。売店も充実してます。

こちらは食堂。
セルフサービスのシンプルな感じですが、いろいろメニューはありました。

これは、食堂で頂いた、海老しんじょう蕎麦。
海老しんじょうとは、佐渡の名産らしく、
海老で作った、さつま揚げ・・・みたいな?

こちらは多目的ホール。
いったい、ここでどんなショーをやるのでしょうねぇ~。
2時間半の船旅のフェリーに、こんな設備があることが不思議な気もします。

船の階段って、何か好きなんですよ。






信濃川の河口に作られた新潟港は、桟橋までの間に、いろいろな船が見られます。

この船、変わった形だったんですが、いったい何の船だったんでしょう?


5年前に乗った小樽行きの新日本海フェリー。


いよいよ桟橋が近くなってきました。
そして、新潟港に到着。
桟橋から新潟市内を突っ切り、
北陸自動車道を経由して関越道へ。

いつものサービスエリアで信濃川を眺め、


前橋を過ぎたあたりで、ついに雨が降り出し、
混雑する圏央道をノロノロ走り、
雨の中、八王子の自宅に到着。

あぁ、着いた。

今回のツーリングの走行距離は、1815.7km
比較的近場だったので、2千キロいきませんでした。
まぁ、タイヤにはそのほうが良いのですが。

当然、新品ブリヂストンタイヤも、まだまだ余裕。(笑)
ということで、短かった?今回のツーリングは終了~。
お付き合い、ありがとうございました。
(完)