スピリチュアルについて学んでいくと、出くわすのが「神」についてです。
「神」と言ってしまうと、なんだか宗教じみた感じがして、気安く口に出すのも憚られる気がします。
でも、魂について考えていくと、どうしてもここにぶち当たってしまいます。
恐らく人によって「神」の定義は様々でしょう。
それはそれでいいとして、私が学んだ「神」は、こうです。
「神」とは、この宇宙を創造した存在。全ての源です。
「神」は、自分が経験するための場として宇宙を創造しました。
「神」は自分が素晴らしい存在だということを知っていましたが、それを経験することは出来ませんでした。なぜなら、「神」でないもの、つまり素晴らしくないものが無い状態では、経験的に素晴らしさを知ることが出来ないからです。
そこで、「神」は考えました。
「神」を分割し、それぞれ個別化させ、「生命」というものを作りました。「生命」は「魂」という神の一部が宿る物質的な形なのです。
「生命」はこの世(物質世界)に現れる際、魂の記憶が消されます。つまり自分は神の一部であることを忘れるのです。これにより、「神」でない存在が作られ、その「生命」同士のかかわりの中で、様々な経験が生まれます。その経験は全て「魂」によって記憶され、それが神へと還元されていくのです。どんなひどい経験でも、「神」が意図しない経験はありません。全ては「神」の手の中にあります。
なので、「神」が罰するということはありません。自分自身を罰しても意味が無いから。
死んで地獄に落ちることは無いのです。
あの、ヒトラーさえも「神」から祝福されました。
なぜなら、ヒトラーの行動によって人々は様々な経験を積みました。その経験から、人々は本当の自分を思い出したのです。第二次世界大戦は、人類にとって大きな転換期だったことは言うまでも無いでしょう。
一般的に「神」とは怖い存在というイメージがついています。
意に反することをすると、罰が当たると。
「神」はそんなに器が小さいことはありません。我が子を見守る母親のような存在です。(もちろん、ガミガミ言う鬼婆みたいな母親ではありません)
そして、人は自分のことを小さい存在だと考えがちですが、そうではありません。
一人一人が「神」と同じ、特別な存在なのです。
なので、自分以外の「神」や「人」に頼るのはほどほどにして、自分自身の「魂」からのメッセージに耳を傾けることが大事です。自分の「魂」が「神」そのものなのですから。