ヒナの誕生話その3です。
とんちゃん、いやヒナが生まれたその日の夕方のことです。カミさんは個室に移されました。狭い部屋でしたが、ようやく二人きりになり、私はようやくほっと一息つきました。
しかし、そこで気がついたのです。なんだかカミさんの様子が変・・・。
カミさんは、今まで見た事が無いような目をしていました。表情が全く無く、目はうつろです。まだ疲れきっているからだろう、と思い気にしないことにしました。が、そこでカミさんが言いました。
「私、赤ちゃんが産まれたのに、なんとも思わないんだよね・・・。なんか気がおかしくなってる・・・。」
そして無表情のまま私を見つめるのです。明らかに様子がおかしい!それからカミさんは、自分を精神病院へ連れて行くよう何度も私に頼むのです。私は、言いようの無い不安に襲われました。とりあえず、その場は明日連れて行くということで納得させ、その日は面会時間終了のため、部屋を出ました。
いったいどうしちゃったんだろう。。。しばらくショックで呆然としていたのですが、とにかく看護婦さんのところへ行き、状況を説明しました。しかし看護婦さんは、疲れているからでしょうというだけで、あまり深刻に考えてくれませんでした。とりあえず夜中に様子を確認してほしいとお願いして、その日は病院を後にしました。
久々の自宅。ヒナも産まれて嬉しいはずなのに・・・。いろんなことがありすぎて、頭が混乱していました。どうすればいいんだろう・・・。何度も何度もいろんなことを考えました。その夜、眠れなかったのは言うまでもありません。
そして翌日。再び病院へ行きました。カミさんがおかしいままだったらどうしよう・・・そう思いながら、病室のドアを開けました。
「おはよう」
かみさんは、わずかに微笑みながら言いました。
昨日より表情がある!私はカミさんに気分はどうか尋ねました。すると、かなり疲れているものの気分は少し落ち着いたよう。そして翌日には、だいぶ落ち着いてきました。
しかし、極度のストレスだったんでしょう。後から聞いた話では、お産のときお医者さんが二人いて、一人はカンシで赤ちゃんを引っ張り、一人はお腹をぐいぐい押していたそうです。出血もひどく、そのあまりの光景に衝撃を受けたそうです。
ただ、そのお医者さんはかなりのベテランで、普通の医者だったら帝王切開になるところだったそうです。それだけでも良かった・・・と思うしかありませんでした。
で、その頃ヒナは・・・というと、産まれた直後以降、まだ私達に会っていませんでした。産まれて三日も経っているのにです。お産直後から母子同室という夢は叶いませんでした。母親に負担をかけないという病院の方針だったのです。まぁ、カミさんの疲労ぶりを見たら、仕方がないところもありますが。。。
そしてようやく、三日目に対面できました。最初鏡越しで見せてもらったのですが、他の赤ちゃんと比べて明らかにデカイ!
そして、初めての抱っこ。小さくて弱々しくて、どう抱っこしてよいのか分かりませんでした。抱っこすると、頭が異様に長いのと、額の辺りにカンシで掴まれた後が赤く残っているのが分かりました。ヒナも大変だったんだねー。
4日目には、カミさんは大きな個室に移動しました。大きなベッドや冷蔵庫、テレビ、シャワーやトイレまでついている部屋です。そして昼間だけですが、ヒナと一緒に過ごせるようになりました。それまでミルクだけだったのですが、はじめての母乳をあげました。おぉ~、飲んだ飲んだ!ちょっと飲んだだけで大喜び。(その後、3歳になるまで飲み続けることになるとは夢にも思いませんでした)
それから数日が経ち、もうすぐ退院・・・という日でした。カミさんが熱を出したのです。それも徐々に高熱になって40度近くまでになりました。先生は、産道の傷からくる発熱だろうと言っていました。実際、カミさんはお産のとき、産道から子宮口まで裂けてしまうという重症だったのです。しばらく抗生物質を投与し経過を見ることになりました。
しかし、その後も熱が下がる様子はありません。そして、抗生物質を投与しているので、ヒナに母乳もあげられません。早く熱が下がってくれ・・・。
そんな時、先生に呼ばれました。「MRSA」の疑いがある。と言うのです。MRSAとは「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」のことで、抗生物質が効かない恐ろしい菌です。抵抗力の下がっている人だけが発症するのですが、先生によると症状から見て疑いが強いとのこと。その場合は、別の大学病院で数ヶ月隔離されることになる・・・そんな話を聞きながら、私は目の前が真っ暗になりました。
その話を聞いて、カミさんは泣きました。せっかくヒナと一緒になれたのに、離れ離れになってしまうなんて・・・。とにかく、精密検査の結果を待つしかありません。
しかし、なんでこんなことになってしまうんでしょう。私と結婚したばっかりに、カミさんを苦しませることになってしまった・・・。私は産まれたとき4050gもあった巨大児でした。なので、身長148cmの小柄なカミさんに、私似の巨大児が出来たらどうしよう~って冗談で言っていたのですが、冗談じゃなくなってしまったのです!
この頃は、私は会社に復帰していたのですが、カミさんのことが気になって仕方がありません。会社から帰ると病院に直行し、様子を見るという毎日が数日続きました。
そして熱が出て4日目。熱が下がりました!平熱に近いところまで下がったのです。そして、精密検査の結果も出ました。シロでした。
あぁ・・・神様、仏様、御先祖様、ありがとうございます。私は再びありとあらゆるものに感謝しました。別に信仰深いわけではないのですが、この時は本当に藁にもすがる思いでしたし。それから、カミさんも言っていました。最近亡くなったおじいちゃんが助けてくれたって。
こうして、カミさんとヒナは無事、病院を退院することが出来ました。
三人で帰ってきた我が家。こんなに嬉しいことはありません。私たちは、少しの間だけ幸せをかみ締めていました。
なぜ少しの間かって?それは、その直後から怒涛の育児生活がスタートしたからです。(^^;
おしまい