どこか見えないところに幸福を設定して、
仕事やプライベートを充実させた先に幸せがあると謳うのか


まず幸せが身近にあると設定した上で
それが仕事やプライベートを充実したものにさせるのか


後者の方が能率が上がるというか、良い結果をもたらすそうですな。

足るを知る、なのかは分かりません。

一生懸命生きた暁には、いつかは私も幸せに、という考え方そのものが誤りだとしたら。

今この瞬間に幸せを感じる人のことを、閾値が低いとか言ってる場合じゃありません。

考え方そのものを逆転させるという発想は珍しくもなんともないけど、
今持っている自分の信念や価値観を簡単に逆転させることが出来ることも珍しい。

それが許されるのは、想像の世界。

想像力は、大事だと思います。

自分が正しいということを証明するための想像ではなく、
自分が間違っているのかもしれないという検証のための想像

他にもっといい考え方があるのなら、迷わずそっちに乗り移るのもありだと思います。

"自分次第" "捉え方次第" という言葉は、何とも人を突き放す言葉ですね。

「あとは、あなた次第です。」というのは、導くのを手助けしてから最後に言うセリフ。

ジェンガの色んなところを抜いてみて、ある一つのブロックがクリティカルなことが分かるとか

シナリオ、詰将棋、なんでもいいんだけど

俯瞰すること、場合分け、もしも~なら、

やれることがまだあるということ


毎日良かったこと(感謝すること)を3つ挙げろとか言われても難しいけど、
世の中のプラスを拾うことに目が行くことには妥当性ありそう

マイナスばかりに目を向け耳をそば立てる必要は、ない
必要でないことを見聞きしてウンザリしているとしたら、それは苦労

*電車が空いていた
*有意義なミーティングが出来た
*仕事がいくつか進展した
*ゲリラ豪雨が酷かったけど地下道あるから濡れずに済んだ
*ベルトし忘れたけどポロシャツだったからバレることはなかった
*サングリア美味い
*タイカレー美味い
*When you have a chanceを初めて使った
*9月にサンタバーバラへ行くかも

この程度なら幾らでも挙げられる

さて、これが幸せと関係があるのかどうか。


不満を挙げたらきりがない


なぜ、幸せについて挙げたらキリがないとはならないのか


生きることが苦しみ?

幸せは希少で得難いものである"べき"という考えがあるとしたら

宗教観から、または文化的に根ざしたものなんでしょうか


生活に必要なものを揃える商売から
ライフスタイル、生き方を提供する商売へ
スローライフ、ロハスはそんなに定着しませんでしたが
カウンセラーとかセミナーはこれからもっとポピュラーになってくるのでしょう

ある人の現状から、こうしたらこう、こうしたらこう、と色んな相談をするんだったら私も結構いけると思います

飛躍しすぎた


幸せを常に自分の外に作るか、中に作るか

仕事をしていて
こうすればもっと幸せなのになあ
それが叶ったら、また自分の外に別の"あるべきであろう"幸せを作る
そんな繰り返しはゴメンです

独身女性は、結婚をすれば幸せにと考えるかもしれない
結婚をしたら、こういう夫婦なら、こういう旦那ならとまた幸せを外に追い出すのかもしれない

幸せとは一体なんなんでしょうか

何となく満たされていると感じること?

それなら、食後は幸せ

お風呂のあともか

運動の後も

何なんでしょうね


句点を打たずにとうとうと羅列するとアブナイ文章のようだ…

書くことがなかったので、こんな感じに。

氷河期があったかなかったかという議論では、
氷河期があって今も氷河期 という選択肢があることを、面白いなあと思った高2の夏でした。 いや秋かな。

病気の反対は健康か? 体調悪いの反対は、体調良いわ~の状態?何も意識などしない普段は健康ではないのかと

色々ありますな。


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