今年は、
去年より
早くから春を感じている。
私はいつも
目の前の 「今」を
ぼんやりとしか
見てこなかった。
学生の時も
卒業式はとっくに終わり
みな、それぞれの道を
歩き出しているのに
私も 働きだしたのに
学生と 社会人の自分の
境界は
いつまでも
あいまいな ままだった。
目の前の 「今」を見ない感じない。
それは 受けとめきれない悲しみを
感じなくても済むように
身につけた生き方と方法。
でも 誰かとさよならしても
いつまでも 実感がなくて
困るという副作用も
強かった。
決めるとか けじめることが
苦手にもなったかな。
目の前の 「今」を 目をそらさずに
見られるようになったのは
目をそらさなくても
耐えられるくらいに
悲しいことが少なくなり
幸せに思えることの方が
増えたからかもしれない。
有りがたいことです。
まだまだぼんやりと
目の前のことに焦点を合わせない
生き方の癖は無くなってないけど
弱くはなったな、
と感じた今朝。
今年は
桜のつぼみのふくらみと開花を
ちゃんと観て
春のカウントダウンをしよう。
春を見逃さないようにしたい。
去年より
早くから春を感じている。
私はいつも
目の前の 「今」を
ぼんやりとしか
見てこなかった。
学生の時も
卒業式はとっくに終わり
みな、それぞれの道を
歩き出しているのに
私も 働きだしたのに
学生と 社会人の自分の
境界は
いつまでも
あいまいな ままだった。
目の前の 「今」を見ない感じない。
それは 受けとめきれない悲しみを
感じなくても済むように
身につけた生き方と方法。
でも 誰かとさよならしても
いつまでも 実感がなくて
困るという副作用も
強かった。
決めるとか けじめることが
苦手にもなったかな。
目の前の 「今」を 目をそらさずに
見られるようになったのは
目をそらさなくても
耐えられるくらいに
悲しいことが少なくなり
幸せに思えることの方が
増えたからかもしれない。
有りがたいことです。
まだまだぼんやりと
目の前のことに焦点を合わせない
生き方の癖は無くなってないけど
弱くはなったな、
と感じた今朝。
今年は
桜のつぼみのふくらみと開花を
ちゃんと観て
春のカウントダウンをしよう。
春を見逃さないようにしたい。