期待して見た映画が期待外れで、「これ、評判いいのかな?」と気になったのですが、評判なんか後から見てもしょうがないと思い、他の人の感想やレビューを見るのをやめました。
偉そうな映画批評なんて、お笑いの100倍くらい見てられない。自分はあんまりだった、それで終了。
というわけで、42歳になって約1ヶ月、変わったことは「ネットもあんまり見なくなった」です。
元々、頻繁に見る方ではなかったと思うのですが、さらに意識して見ないようにしています。収入の半分以上がネット関連なのに、です。
テレビのニュースも見ない、ネットも見ないとなると、世の中の流れが全く分からなくなりそうに思えますが、何も入ってこないわけではないし、意外とそうでもないんじゃないか。
そもそも不要な情報が多すぎるんです。不安を煽るのは儲かるからだと思います。
何故そんなことを意識しだしたのか、自分でもよく分かりません。
何となく、SNSやネットニュースばかり見てる42歳はダセえな、と思ったんです。必死に書き込んでるような奴はさらにダサい。
今さらカッコいい42歳は無理なので、せめて自分がダサいと思う方にはいかないようにしよう、と。
後、幸せはネットの中ではなく、外にある、と思ったんです。宗教に入ったわけではありません。
観光地や公園なんかに行くと、幸せそうに過ごしている人がたくさんいます。そのほとんどが仕事や家庭、車や家を持っていて、まっとうに生きている。
一人暮らしで籠っていたら、そんな当たり前のことすら分からなくなりそうです。
そういう人たちにとって、ネットなんて調べ物と日記程度のSNS更新くらいなんじゃないか、と思ったんです。実際は知りませんが、そう思いたい。
ネット上で悪目立ちする、他人の失敗を喜び、自分がされたくないこと、言われたくないことをこぞってやるような底の底の人間は、外で誰かと笑うことなんてないんじゃないか。流石にそんな人生は嫌だ。
そんなことを考えると、目的もなく意識がスマホにいくことがなくなってきました。
時計、連絡、ゲーム、漫画、地図、飯、調べ物、記録、これだけでも十分に多い。
何もしないで情報ばかり眺めて揚げ足を取り、足を引っ張り合う人たちがいなくなれば、少しは景気もよくなるかもしれません。政治団体に入ったわけでもありません。
私ほど、政治経済や宗教に興味のない42歳もいないのではないか。それこそが1番ダサいかもしれない。
今年は、虫取りに行こうと思います。カッコいい虫をゲットしたい!