いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

さて、自分の興味が向いたこと(だけ)学ぶことが楽しくて大好きな私ですが、学んだことで苦しくなることがあります。

 

実は、知識や情報はあまり苦しくはなりません。

何が苦しさを生むかというと、「哲学的なこと」「概念的なこと」がそれに該当すると思っています。

 

「哲学的なこと」は、「厳しさ」を説いているものであれば人はそれができない自分を責め、反対に「ゆるさ」を説いているものだとしても、ゆるくなれない自分を責めてしまったりするもので(オイオイ・・)。

人間ってつくづく愛おしい生き物ですよね!

 

 

実は、私も「概念的なこと」を学んで、日常の中でそれを考えながら動いていて苦しくなったことがありました。

 

それは、ギバー・テイカー・抹茶ーマッチャーについてでした。

 

大まかに言うと

ギバーとは自分のものを他人に与える人。

テイカーとは人のものを奪う人。

マッチャーとは、与えたものともらうものが均等ではないと満足しない人。

この3者のうち、人生が一番豊かになるのはギバーで、一番貧しくなるのもギバーだという調査結果があります。

 

自分はどうだろう。あの人はどうだろう。その結果はどうだろう・・・。

人間の損得勘定と人生への反映について。。。。

 

さてさて。

物事はそう単純ではなく、ある人にとってテイカーだと思われる人も他の場面ではギバーだったりするもので。

 

実験的にこの軸で考えてみた2022年は私にとっては心理的にとても苦しいものがありました。

「え?ギバーとかテイカーとか、もうどうでもいいや~」という気持ちでこの概念をアンインストールしたところ、とっても良い循環が生まれました。

 

何より、自分の心が心地よい。

損するところは損していい。流すものは盛大に流す。

でも、ここは「持ちつ持たれつだよね!」と思うところはちゃんと主張する。

常に自分だけ良ければいいという人(意識的でも無意識的でも)とはお付き合いを続けられないのでNOを伝える。

 

 

学んで試してみることは大事ですが、どうしても苦しさをぬぐえない場合は全てをきれいさっぱり手放すことも大切です。

哲学や概念も合わないものは存在するので、自分の心地よさを邪魔するものは断捨離しましょう。

 

今、あなたの気持ちをザワザワさせている「考え方」はないですか?

せっかく学んだことでも自分に合わないものは春のスタートと共に手放してみてもいいかもしれませんよ♪