こんにちは、片岡有喜子です。



世の中にはたくさんの情報があって

日々目の前を新幹線みたいに通っていきますね。

動体視力が…追いつかない…。



伝えたいテーマがある人(マスメディア、社会学者、企業、市民団体)が上手な言葉のキャッチコピーやマーケティングで世の中にその問題を提起する。


更にブランディングまでバッチリ。



例えば、10年ほど前から最近までだと

「下流老人」

「脱原発」

「おひとりさま」

「子どもの貧困」

「ゴミ屋敷」

「8050.7040問題」

「LGBTQ」

「学習障害」

「カサンドラ症候群」

「女性の貧困」

「ジェンダー格差」

「食品ロス問題」

「老後2000万円問題」

「SDGs」

「マイクロプラスチック」

「生理の貧困」

「ヤングケアラー」

「孤立、孤独」

などなど。



こういった「標語」が旗になって、

あまり関心がない人がそれを知るきっかけになる。


旗があることはとても大事なことで、

こういった旗を掲げることができる人を私は素直に尊敬しています。




ただ、その旗を見る側には、私も含めてちょっと課題があると思っていて、、、


たしかに、実際に旗は陽の光に晒されているうちに、どんどんと色褪せてしまう。



目新しさも無くなれば、

たくさん噛んだ後のガムみたいに、

「まだそれ噛むんすか?」

「もうそれ、良いじゃないですか?」って言われる。




旗を毛嫌いする人は仕方がないとしても、

旗に一気に飛びついて、すぐ飽きる人がほとんどで、

それは私自身の中にも大いにある。




人は悲しいくらい飽きやすくて

だからこそ色んな辛さをも忘れて生きていける。

それは事実としてそうだから、どうこう言うつもりはないのだけれど。




ただ、せっかく最初に旗を見て心が動いて旗に近づいたなら、それで終わりにして欲しくないなぁ、と思っています。



旗の横にある入り口ののれんをめくって中を覗いて欲しいな、と思うのです。



どういう事かと言うと、



例えば「生理の貧困」という旗を見て、「ああ、ナプキン足りないんだ」の理解は、旗を見た感想で


ナプキンはドラッグストアやスーパーでいくらで売ってるのかを見てみることが、のれんをめくってみる事のスタートだと思うのです。



そうしたら、250円から500円が価格帯だと分かります。


そうなんです。


生理の貧困は、言い換えると「250円から500円のものを買うときに、優先順位が高いものにも関わらず躊躇するほどの危機的な女性の貧困状態」が本質です。


250円の買い物に困っているくらい、

困っている。

だから当然、足りないのはナプキンだけではないんです。




のれんの向こうにその風景をちゃんと見ることで、

ずっと色褪せない社会問題になります。




私たちのフードバンクには

「食品ロス」

「子どもの貧困」

「女性の貧困」

「SDGs」

の旗を見て、活動に共感してくれる方が集まります。




実際に、ボランティアスタッフとして関わってくれたり、フードドライブの企画をしてくれたり、ご寄付をしてくれている方々は、のれんの中をしっかりと見て色褪せない社会問題としてとらえてくれている人です。



のれんの奥には知りたくない事実もありますが、私も自分の知らない事に関しては旗の前で立ち止まって、しっかり目を向けていきたいと思うのです。



あと、「魚をあげるんじゃなくて釣り方を教えてあげな」と上から言う人が私は嫌いです。


数日間一日一食で凌いでいたり、ガスが止まっている人は今日の命をつなぐ事で精一杯だし、まずは体力と気持ちの余裕が大事。


それに、そんなんで釣れるんなら誰も苦労しないんだから。