槍ヶ岳や剣岳に
人知れず登っていた修験僧のような
誰からも知られないような快挙であるならば
誰か難攻不落の未踏峰や難関ル-トの登山をする者がいるだろうか
歴史や登山史や登山仲間からの栄誉や称賛のないままに
発表も報道も記録を残さぬままの
ただの満足を得るだけの登山を志す者こそが
ほんとうの山人なのだろうと思う

しかし
精神と肉体が分離不能であるが故に
人間のアンビバレントは生まれる
絶対矛盾が混在する不可解は
誰もが日常でも経験するはずだ
ましてや究極の魂の活路が究極の肉体の限界を共にするのならば
なおさらである

ひとりの孤独な男が
愛した女性の愛した山の魅力を探し
のめり込み過程の前に
彼が意識的であれ無意識的であれ
彼は最終結末を目標としていたはずだ
共有の模索や新たな試みや
肉体のもがきは
肉体の余暇により生じたものにすぎず
かれの精神は一途に目指したものは山懐のその場所であったのだ
彼は書きかけの原稿を残したままに
予定どおりにgood-byeと
さわやかに立ち去った
愛した女性の愛した山に抱かれて

肉体のもたらす印象の撹拌により
騒ぎ出す世間は毀誉褒貶の騒動を醸し出すも
彼の到達した精神の高みにおいては
小うるさい世俗の修羅の群れにしかすぎないだ
しかし彼はそのような世俗をも愛そうとしていたのだ
売名だと三流だと彼の行動を批判する
型通りのエリ-ト登山家や自分の居場所を荒らされたと勘違いした
覚悟もないまま山にも世俗にも寄り付かない三流の狂言者達は
冷やかに又はやっかみながら彼を見つめるしかなかった
彼にとっては
そんなことはどうでもいいことであったろう
なぜなら彼は登山家なのではないのだから

普通の青年が限界を超えて目指し
自分の場所を選び抜いたのだ
彼のメッセ-ジはただ一つ
一人の女性に 愛している ありがとう
そう伝えるためだけの山にすぎない

父は彼に向かって静かに言った
お疲れ様でしたと
すべてを理解する理解者とはそういうものだ
何も語らずにすべてを理解する
彼の姿と映像を心に刻もう
お疲れ様 good-bye と・・・・・・