手術して、胸から下はまるっきり触っても触った感覚がありませんでした。足に動くように力を入れてもまったく動かない。ただ時々、痙性があって自分の意思と関係なく、足が動いてました。

寝返りはまったく出来ず、ずっと天井を見るばかり、日中は体位交換もなく、バルーンだからか、オムツも一日一回見たら終わりで、排便感覚もないのに、出たらナースコールで知らせるように言われました。
日中清拭があり、2人の看護師さんがバタバタ着替えさせて体を拭いていくけど、たまに傷にあたり痛かった。付け替えも一日一回ありました。
食事は2日目も3日目もあまり食べれず、時々痰が絡み、上手く出せず、ちり紙を手の届くところに置いてもらい何とか出してました。

3日目の昼、携帯の充電が切れそうだなぁと思ってると、旦那さんからLINE来て、「1時間だけ早く帰れるようになったから面会時間ギリギリだけど会いにいくよ」って書いてありました!
心細かったから涙が出るくらい嬉しかった✨

19時半旦那さんが来ました。「大丈夫か?」って聞いてくれて、その言葉だけでホッとして泣けてきました。
携帯の充電のセットをしてくれながら、「こんな事もやってくれないの?」って聞いてきたから、「頼みずらくて、言ってない」って言うと、急に怒ったような口調で、「ナースコール鳴らして!」って言って看護師さんを呼びました。「寝返りもできないのに、手元に届くよう色々準備してあげたり、ここはしないのですか?部屋を勝手に変えたなら荷物はキチンと本人がわかるように、必要な物は届く範囲にあるか聞いてあげれないんですか?」って言って看護師さんに怒りだしたので、「もういいからやめて!」って言って止めました。
たしかに部屋が変わって、荷物は袋に入れられたまま、床に置きっぱなしとかになっていました。充電器もその中でした。心配してくれて嬉しいけど、入院している私はこれからもこの看護師さんにみてもらうのだから、揉めたくないって思いました。
看護師さんは「伝えときます」と言うと、「先生が今日いらっしゃるから話しますか?」と聞いてきました。手術の事聞いてないから説明してもらいたくて呼んでもらいました。

担当の先生がきて、説明されたのは私の手術は、
胸椎第4〜12を広げて、骨化してるところから脊髄を逃す手術で、手術中は神経が正常なのを電気を送りながらやっていたが、途中反応がなくなり、水をかけたりしてする事もあるけど今回はそのまま続けた。30センチ切って当初より手術に時間がかかってはいるが、脊髄に傷はつけていない。歩けるようなるかは神経の事だからわからない。とにかく今後どこまで戻るかわからないが、リハビリをやっていくしかない。

淡々と話をする先生に旦那さんは治らないのか何度も聞いていました。先生は神経は難しくてどうなるかわからないが歩けるようなった人もいる。と言っていました。
私はまた不安がいっぱいになりました。

20時過ぎたので面会時間も終わり旦那さんは「また来るからね」って言って帰りました。

誰もいなくなった後、動かない足を見ながら色々考えてたくさん泣きました。






看護師さんが先生に電話をして、1時間位経ったかなと思う位に担当の先生が来ました。
先生は来るなりちょっと慌てた口調で「おはよう御座います〇〇さん、ちょっと足を動かせるかやってみて下さい」と言ってきたので、頑張って足に力を入れてみようとするけど全然感覚がなく、動いてない様子でした。
それを見て先生は「今から足を触るからわかったら教えて下さい」と言って触っている様子でしたが、全く感触がなくわかりませんでした。
「わかりました」と言って先生はどこかへ行ったので、その雰囲気から自分の状態を悟りました。
不安がまた一気に押し寄せて来ました。

それから数時間すると朝食が来ました。私は寝たままの状態で、私の右側に看護師さんがテーブルにお膳を置き、食べるように言われましたが、まだ身体が痛くて動かすことも出来ないし、食べる気もしなくてじっとしていると、看護師さんが「せめて牛乳だけでも飲んで下さい」と言ってストローを刺した牛乳を口元に持ってきました。一口飲んで、「もういいです」って言うと「置いときますから飲んで下さいね」と言って去っていきました。それ以上とても食べれなかったです。

それから1時間くらいすると、カーテンの向こうの周りにたぶんいた患者さん達は部屋移動で、だんだん減っていき、私だけになりました。
私はナースステーションに1番近い部屋の入り口側にベッド毎連れて行かれました。
すると、看護師さんから「褥瘡ができないように褥瘡防止のベッドに移りますよ」と言われ、不安に思っていると、7〜8人の看護師さんや、先生やヘルパーさんに囲まれ、背中に敷いてあったバスタオルを「いちにのさん!」との掛け声と一緒に抱えられて褥瘡防止ベッドへ移りました。

移った瞬間からめちゃくちゃ傷口が痛くて、歯を食いしばっても自然と涙が出ました。その後すぐに数人で胸の上から腰の位置までの長さのコルセットをつけるのに右や左に体を動かされ、また背中の激痛に「痛い!痛い!」と我慢できず叫びました。しばらくは痛みが落ち着かなかったので耐えてました。

移った後は看護師さんが1人残りベッドの位置や、昇降台やテレビのある台をさっさとセッティングして行ってしまいそうだったので、携帯電話だけ、握らせてもらいました。せめて、セッティングこれでいいかと聞いて欲しかったです。

その後、昼食が来たけど、痛くて体が動かせないし、そもそも胸から下は全く感覚がなく、足は動かない。
寝返り出来ない。なんとか手が動くが、動きをちょっとでも大きくすると背中に響いて痛くて、近くにある物も手が届かなかったし、無理矢理ベッドをギャッチアップされて、でも食べる事はできませんでした。

携帯には充電が半分くらい入っていて、充電器を看護師さんにセットして欲しかったけど、部屋移動したせいか、どこにあるかもわからず、大学病院の看護師さんは忙しそうで、冷たい印象の人が多く、伝えられずにいました。

1日ベッドの上で寝たきりで体も動かせず、点滴を変える時以外看護師さんも来なかったので、色々考えてると悪いことばかり考えて泣いてばかりで、死んでしまいたくなりました。

そんな時、手術翌日から3日づつけて仕事が忙しく来れない事になっていた旦那さんにどうしても会いたくなって、めちゃくちゃ泣きながら、
会いたいってLINEしました。
数時間して返事があって、
大丈夫?体調どんな感じ?って返信が来ました。
胸から下の感覚全くない、足も全く動かないと返信すると、本当に?って返事がきました。
仕事中だったからもう連絡はなくなり、夕方まで私は天井を見ながら泣き過ごしました。

夕食がきて、またギャッチアップされて、痛くて食べる気も起きないでいたら看護師さんから、
「食べないと治らないですよ!」と言われて、箸を握らされました。頑張って、おかずを少しだけ食べました。

それからまた時間は過ぎて消灯になりました。
夜は2時間起きに体位交換がありました。
背中近くにクッションを挟み、右や左に向けられて、たまにクッションが背中の傷にあたり、痛かったりで、あまり眠れなかったです。

観察室でカーテンに仕切られてはいるけど、数人の術後の患者さんがいる様子で、咳払いやいびき、中には嘔吐している声が聞こえてました。

私は背中が痛くて痛くて、まったく動けず眠りにもつけないし、我慢が出来ず、時々「痛い、痛い」と絞り出すように声が出て、ただ時間が経つのを待っていました。

そのうち喉に違和感が出てきて、喉がゼロゼロと言い出して息苦しくなりました。透明な痰がかなり詰まってるようでした。

咳払いも背中が痛くて出来ず、少し荒めの息継ぎをしてなんとか口にためて、手に握らせてもらったナースコールでなんとかボタンを押したら看護師さんが来ました。
「どうしましたか?」と聞かれたけど、口に痰をためてるから言えないでいると、ちり紙を口に当てて、「きついですね、出していいですよ」と言ってくれて、やっと吐き出してほっとしていたら、また喉がゼロゼロと言い出して、口にどうにか痰をためてまたナースコール鳴らして看護師さんに来てもらい、ちり紙で痰を取ってもらうって事を4回ほどしたところで看護師さんが「ティッシュここに置いとくから取って下さい」と言って顔の左横にティッシュの箱を置いて行ってしまいました。

その後また喉がゼロゼロなって、息苦しくなったけど、ティッシュを取る動作がどうしても出来ず、口にためずどうにか飲み込むようにして、数回していたらやっと喉は落ち着いてきました。
とても苦しかったです。

長い長い夜を暗い中ずっと痛みに耐えているとようやく明け方になりました。
カーテンの間から少し見える時計で、朝6時くらいになっているようでした。看護師さんが、点滴を確認しに来た時に「ちょっと足を動かしてみて下さい」と言われて、渾身の力を出して動かしてみました。
なんだか感覚がないなぁと思っていると、看護師さんは「えっ動いてないですね。麻酔は切れてると思うのですが…先生に聞いてみますね」と言うとカーテンの向こう側に行き電話をし始めました。「先生、〇〇さん全く足が動きません」
っと聞こえた後も話をしていた様子でしたが、私はその言葉に涙が溢れてきて、背中の痛みに加え、胸が締め付けられて身動き出来ないまま涙を止める為、目を閉じました。