JIN-仁- | 線維筋痛症
JIN-仁ー

最近はまっている、ドラマです。

2009年に放送されたドラマで

大まかな内容としては、


「東都大学附属病院の脳外科医・南方仁は、ある夜急患で運ばれた男性の脳から

奇形腫を摘出する。その後、仁は頭痛と空耳に悩まされる。

集中治療室から脱走した患者を止めようとしたが、階段からバランスを崩し、

そのまま気絶してしまう。意識を取り戻した仁が、ふと辺りを見渡すと、

侍達が斬り合いをしていた。仁は文久2年(1862年)、幕末の江戸時代に

タイムスリップをしていたのだった。

そこで仁は、過去の人間の運命や歴史を変えていることを自覚しつつも、

人々を救う為、現代から持ち込んだ知識と幕末の人々の協力により、

近代医療を実現していく・・・」


そんな、かなり飛躍した話なのですが、

その中で

「神は乗り越えられる試練しか与えない」

と言う言葉が頻繁に出てきます。


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私は、リウマチや線維筋痛症を発症するまでに、

精神疾患(双極性障害)を発症しています。


今では、内服でコントロールできているほうですが、

そこまで来る間には、さまざまな葛藤を起こしました。

自傷・オーバードーズ(薬の大量内服)などです。

一度は、心停止した事もあります。

それまでにも、何度も救急車で運ばれています。


自分自身は、そんな状態なのに、

仕事では、がんで自暴自棄になってる患者さんや

疾患で、在宅看護が難しい患者さんなどを看てきました。

もちろん助産師なので、分娩介助、産前・産後の母子のケアにもかかわってきました。


その中で、命の大切さや、生きる事の難しさを知ってきたつもりです。


なのに、自分の人生では、死のうとしたり、生きる事に疲れたり・・・

自棄になって、本当にいろんなことをしてきました(自粛)。


だけど、東京に出てきて、精神的に治療で落ち着くようになってきて、

死のうとまでは思わなくなりました。


それは、助産師というたがが外れたからかもしれません。

実母・実父という自分の枷となっているものから離れたからかもしれません。


東京に出てきて、一番最初についた職業は、助産師でした。

個人病院で、婦長職として仕事をしていました。

寝る暇も無いぐらいでした。

充実していると思っていました。


でも、初期中絶や、中期中絶、死産、障害児を見ているうちに、

どんどん、自分を責めるようになっていきました。

「自分がかかわらなければ、この子は死産になったり、

障害児になったりしなかったかもしれない。」

もちろん、今ではわかっています。


誰にも罪が無い事を。

中期中絶をする子ども達も「正しい性教育をうけられなかった被害者」で

また犠牲者なのだと言う事を。


そして、自分が生死をどうこう出来るというのは、浅はかな傲慢でしか過ぎないと言う事を。


職場を退職しました。


そして、内科クリニックへと転向したのです。


内科クリニックでは、日々多くの患者さんが受診してきました。

インフルエンザから不眠、糖尿病、腎臓病、そして心不全後の患者さんや、

脳梗塞後の患者さん、がん切除後の患者さんまで。


常勤看護師として一人で働いてきて、

本当に多くの方に出会いました。いろんな考えや声を聞きました。

その方たちは、生きると言う事はもちろん、自分たちが「生きていく」ために

どうしたらいいのかを相談して来ているように思えてきたのです。


自分たちの今までの生活を如何に維持すればいいのか、

どうすれば、孫の結婚式に出席できるか、そんな話も聞きました。


どうすれば、自身の生活の質を高める事ができるのか。


多くの人は、それを、無言の間に求めているように感じるようになりました。

QOL Quality of Life (生活の質) を高める。


看護の基本だったじゃないか。


そういうことを、実感したのは看護師になってから、10年たってからの事でした。


本当に傲慢な看護師だったのだと。

わかってるつもりが、何もわかってなかったのだと。


このドラマでは、医師が

生きる だけでなく、延命だけでなく、その人が本当に望む人生を送るための

一助になる事が 医療であり、治療であるのだと学んだ経過をたどったドラマだと思いました。


人は皆等しく、幸せになる権利を持っていて、

それは、その人らしく生きる事、死んでいく事ができる権利であり

それをサポートするのが、医療であると言う事。


それを10年かけて学んだのに、このドラマでは、簡単に話している。。。

自分はいったいなんだったんだと思いました。最初は。


でも、マイペースでいいじゃないかと思うようになりました。

自分が本当に実感できるようになれば、それは自分の血となり肉となるのです。



「神は乗り越えられる試練しか与えない」



劇中で、何度も登場する言葉です。

私にとって、最初の試練は精神疾患でした。

それを、多くの人からサポートを受け、薬を内服しながらではあるけれども


自己否定することはなくなりました。自分を受け入れる事ができるようになりました。


次は、身体疾患の番です。

今はまだ、自分がリウマチである事や、線維筋痛症であることを認めたくないところがあります。

でも、必ず、乗り越えて見せます。

「神は乗り越えられる試練しか与えない」