10日以上前の出来事です。
婦人科系がんブログの内容としては適切ではないかなー、どうしようかなー、と悩んでいたら時間が経ってしまいました。

でも、やはり大きなイベントだったので書かせていただきます。


先日、こちらにもたびたび登場する私の心の支えである看護師妹・ユキちゃんに子供が産まれました。
男の子です。


私の病気発覚が去年の9月、妹の妊娠が分かったのは今年の2月のことでした。
その頃、なんとなく妹と話をしていて「友達の結婚・妊娠話はつらいけど、ユキちゃんの赤ちゃんは嬉しいよ、きっと。」と話したら、
「ほんと?? でもやっぱりつらいのかな・・・。実は妊娠したみたいんなんだよね。」と告白!
実際に嬉しかったです。
私の血の繋がりのある子供が産まれるんだ・・・と。


そして春頃、やはりいろいろ辛くて深夜に妹に泣きながら電話している最中に、妹の夫から私に来たメール。


>あなたの笑顔は、ユキ・俺・ユキのおなかの子の元気となり、あなたの悩み・悲しみはうちら3人の悲しみになります。
>同じ悩みにつまづいて苦しいのは分かります。
>想像以上だと思います。
>ただ、それを妊婦に投げかけることで、胎児へもあまり良い影響をあたえません。
>ユキはれひさんに生きる勇気を与えたい、と子供を強く欲しがりました。
>なかなか前に進まない現状にやきもきするかと思いますが、どうか少しでも前向きに物事を捉えられ、ユキに笑顔と明るい話題を、そしておなかの子により多くの栄養をふりまいてあげてください。
>姉が大好きな3人からのささやかなお願い事でした。


うーん、このメールをもらったときには、余計に泣いてしまったなぁ。
妹の夫が妹を大事にしているのは分かっていたし、直接的には「ユキにあまり負担をかけないで下さい」的なメールだけど、私にとっては上手く言い表せないけどジーンと来るメールでした。

妹と妹の夫は結婚してまだ1年ちょっと。
そんなに積極的に「子供が欲しい」カップルではなかっただけに、早めの妊娠には驚いたけど、こんな理由もあったのかって。
妹は「だって~、私も2年後に卵巣がんになる可能性高いから、少しでも早く産まないとて思ったんだもん!」なんて言っていましたが(;´▽`A``


(注)卵巣がんは、遺伝的なファクターが高いと言われています。
卵巣がんの中には、突然変異という変化を起こした遺伝子が次の世代に引き継がれて、それが原因で卵巣がんが発生する場合があるので、姉妹のいずれかが罹ると要注意・・になるそうです。
私のがんがその性質のものかは調べていませんが、主治医からも妹は定期的に検診すべきと言われいています。


と言う訳で、妹の出産を心待ちにしていました。

が、予定日を過ぎても生まれる気配なし・・・と1週間を過ぎたある日突然の入院。
だらだら書くと長くなってしまうので、びっくりニュースの要点を箇条書きにしてみました。

(でも長い。)


①陣痛が来たのはポーちゃんのお葬式の2日後。落ち着くまで産まれるのをガマンしてくれていたのか!?


②抗癌剤(それもday1のアクトポ)投与後3日後にも関わらず、姉、分娩に立ち会う!

モルヒネとカイトリルを飲み、カツラを被って分娩に立ち会った姉は私ぐらいでしょう・・・。
(私の病気の事情を知っている先生が、通常は夫のみの立会いらしいが姉の立会いを許可してくださった。)


③それも病院に向かったのが15時、陣痛こらえながら分娩室に入ったのが22時。その間は話したり腰をさすったり。
夜、妹の夫が来てからは食事を買出しに行ったり、妹の夫の両親の相手をしたりで帰れず。


④やっと分娩室に妹の夫と一緒に入ったのはいいが・・・なんと超・難産。なかなか産まれない。

「頑張るよー。産みたいよー。」と叫ぶ妹。心配そうにうちわで妹を仰いだり脚を押さえる妹の夫。腰をさすり頭を抑える副作用バリバリの姉。


⑤隣の分娩台(見えないが同室なので声は聞こえる)では、妹が頑張っている間2人の赤ちゃんが産まれた。

だって7時間近く分娩台にいたんだもん・・・。


⑥で、翌朝5時まで頑張ったのだが産まれず、これ以上は危険ということで急遽帝王切開に。

妹の骨盤の大きさの比べて、赤ちゃんの頭が大きかったらしい。


⑦帝王切開が決定したところで、妹の夫泣く。

(そうだよね、、、あんなに苦しんで頑張っていたのをずっと見守っていたのにね。)


⑧先生登場。なんと、私の通院する病院の婦人科の先生だった。時間外なのでアルバイトに来ているらしい。


⑨待っている間の妹の夫の母親の言葉「こんなに待たされたんだから元気な赤ちゃん見ないと!」って。待たされた・・・って、おいおい、妹は死に物狂いだったよ。


⑩術中、妹は先生に「私の卵巣は大丈夫ですか? 腫瘍はないですか?」と聞いたらしい。「え? あ、そうかお姉さんの病気ね。見たところ大丈夫ですよ。」と言われたらしいが冷静な妹にびっくり。「だって、開腹して見るのが一番でしょ」だって。そんな余裕がどこにあったのか!?


そんなこんなで、明けて6時に無事出産いたしました。

私の両親と妹の夫の両親も夜から来て、別室で待っていたのですが、親たちは産まれた赤ちゃんを見て「かわいいーーー」と興奮。
でも、当の妹の夫は、妹を心配しすぎてぐったり。仕事明けだったし。
私も、帝王切開とは言え開腹手術になった妹が心配で、正直、産まれた直後は赤ちゃんよりも妹が心配でした。

でも、自分自身では経験できないこと、立ち合わせてもらったことは良かったです。

妹にも、許可してくださった先生にも感謝しています。

「産まれる瞬間」は自然分娩じゃなかったから無理だったけど、そこまでの頑張りを共有できたというか何と言うか。


で、1週間の入院中、例のうつうつだった私、唯一の気晴らしは妹のお見舞いに行くことだったのです。
母親は、赤ちゃんが見たいのねーっと思っていたらしいのですが、私としてはそれよりも妹が心配だったのと、妹と話すことで自分自身も休めたから。


とは言え、やはり複雑な気持ちも多く、妹の入院にふと「私だって子供が産みたい。」と母親に泣いて困らせたりもした。

「そんなこといつまでも言っていたら、ユキちゃんだってここに帰ってこられないよ。」とびしっと言われまた大泣き。

そんなこともあったけど・・・。


そして10日が経ちました。

里帰りしている妹と子供。


すっかり乳母な私。


おむつの取替え(ストマに比べれば楽だわ~)、沐浴、あやし、ミルク。

そして不安定な妹のサポートを出来るだけしてあげようと、お乳効果のあるハーブティーの買出しなどなど。

思い切り使われて手伝っています。

これは未婚の姉の宿命でしょうか・・・(^▽^;)


私に出来ることはしてあげたい。

今まで支えになってくれていた妹のためにも、子供に私の存在を認めてもらえるようになるためにも!


でも、なんだかんだ言って、やっぱりかわいいです。

妹の夫が言ったように、「生きる勇気」を与えてもらっているようです。


そして、riderさんのところ でコメントをしたのですが、自分に子供が持てなくても、この子を育てる手助けをすることも私の一つの使命なのかなって思いました。
妹夫婦には教えられないけど私から伝えられること、何かあるはず。
riderさんからもお返事をいただきました。

(riderさん、嬉しいお返事だったので掲載させてもらいます! 事後報告ですみません。)

>親って、意外と子供の事を見ずに自分の考えを押し付けることが多いんだよね。
>冷静にその子のことを大切に思って、いろいろとしてあげられるのは、伯母の大切な役割だと思うよ。


私自身、子供を持てなかった叔母に幼い頃からそしてまさに今このとき、とってもお世話になっています。
子供の頃は、三人兄弟の我が家は、それこそ父親よりも叔母の方に世話になっていたとのこと。
親とケンカをしたり分かってもらえないときに叔母の家に「家出」したり、話を聞いてもらったり、一緒に出かけたり。
進学の相談に乗ってもらったり、私の友達が遊びに来れば一緒に会ってくれたり。
今の私の治療についても、両親よりも叔母の方が病気について調べアドバイスしてくれています。
私にとっては、もう一人の「お母さん」なのです。


妹の子供にとって、私もそんな存在になりたい、強くそう思っています。
「赤ちゃん」とか「子供」時代はもちろん、成人した彼にとって大きな存在に思えるような伯母になりたい、そう思います。
それまで生きなくちゃ!