終始、控え室では不穏な空気が漂っていた。屈強な男が何人も威厳の満ちた態度で、ここで自分は一番だと言わんばかりに佇んでいる。
服装は様々だ。
戦闘でいかに有利に戦えるか考慮した防具を身につけた者もいるが、明らかに観客に魅せるための派手な服装の者もいる。後者はほぼ馬鹿で仕方が無い奴だろう。こいつらに勝ち目はない。
勿論、俺は前者の類いに入る。
まともな人間とは言い難いが、優勝という目的に向かっているのだから、装備はちゃんとした物だ。
まぁ俺ほどの実力者になると、装備がなくとも予選は勝ち抜けるような気もするが...、まぁ念のためだ。
しかし、疲労が溜まっているのか身体中が随分と重い。何時もの身軽な状態では無いようだ。
とりあえず今日の試合を終わらしたら、いっぱい寝て体調を整えよう。
そこで、振動魔石を使ったアナウンスが聞こえてきた。
どうやら試合はあと一刻ほどで始まるらしい。
俺は指定された戦闘会場へ移動する。ここの闘技場には計4つもの戦闘会場がある。
どれも構造は似通っていて、両者本気で戦えるかぐらいの広さも誇っている。また、その一つひとつの会場では観客が1万人ほど収容できる。
六帝国中でも最大級の闘技場だ。
こんな舞台での戦闘は初めてだ。
周りでは鼓舞している者がたくさんでてきた。
俺も密かに表情だけを鼓舞させた。
こんな大舞台だ。こうなるのも無理はないだろう。
そして、ようやく戦闘会場の入り口へ到着。近くにはスタッフの者が付き添っているだけだ。
あと僅かな時間で試合が始まる。
最初は肝心だ。
人々に認めてもらうためには、最初で決めなくてはならない。
千載一遇のチャンス....。
俺はただ入り口の先をずっと見据える。
柵の隙間から微かに漏れてくる光。
ここから新しい時代の幕開けだというような場面だ。
その光の先にはなにがあるのだろうか...。
この光の先を行けば、俺はついに目的への一歩を踏破できるだろう。
そして、それが幾つも重なり最終的には目的までも踏破する。
これが俺の使命でもあり、運命だ。
アナウンスが鼓膜と耳小骨を伝って耳に届く。ついに始まる。
柵が轟音を立てながら、開け放たれる。この音を生涯、忘却することはないだろう。妙に長く感じられた轟音はついに止む。
それと同時に歓声が上がる。
予選にも関わらず、この威圧感。
収容人数をゆうに上回っているほどの人数の声量に思えた。
そして、俺は足を踏み出す。
その歓声に招かれるように足が無意識に前へと動く。
そして光の先へ到達。
そこは、晴れ晴れとした陽光に照らされ、雲ひとつない澄み渡る青空。俺の新時代の幕開けに相応しい、凛としたコンディションだ。
そして、周囲は人で埋め尽くされいる。
そこで観客席にどよめきが走る...。
ざわざわとなっている。
どこか恐慌しているような雰囲気も漂う。何んでこうなっている...。
そして逃げるようにして観客が徐々に会場から離れる。
何かに怯え、身の危険を感じてそれから逃げるようにして...。
俺の脳内に閃光が走る。
会場前での周囲の人間の俺への目線。
受け付けの女の俺へのぎこちない不可解な対応。
そのどれもが俺に恐怖しているような、行動だ。
全くわからない。
俺の何がそんな怖いんだ...!
なぜ自分が恐れられているのかわからなかった。
そして、俺は一つの考えに至る。
もしかして俺のあの変貌した姿を知っているのではないかと...。
まさか....。
まだあれから時間は全然経過していない。
しかも、ピーナッツ野郎しか俺の一部始終を見てないはず。
いや、待てよ....。
ピーナッツ野郎と俺は、剣聖から通信機の魔石を前もらっていた。
そして、ピーナッツ野郎が俺を見ている時に何らかの誤作動でそれを起動し音声が全て彼らに伝わっていたとしたら....。
『楽しい!楽しい!....刺す!刺す!』
あの凶悪で人間離れした、殺人衝動を身に纏いながら殺人を喜悦していたところが見られたということになる。
でも、こんなに早く広がるものなのか...。
いや...今こうして俺は畏怖の念を抱かれている。それが事実であるから、その過程などどうでもいい。
くそっ!
こんなんじゃ理想を手に入れるばかりか、どんどん理想が俺から離れていく...!
何故いつもこの世界は俺に悪を与える!!
なんて理不尽な世界なんだ!!
俺は焦燥の悪魔に乗っ取られる。
灼熱の炎のごとく体内が燃え盛る。
筋肉が腫れ上がる。
体全体が肥大化する。
もう誰にも止められない。
俺はまた過ちを犯してしまった。
また目の前の獲物にだけ目がいってしまう。
もう本来の自分ではなくなった。
自己を認識は出来ているが、認識の対象は根本的な姿ではなくなっている。
もう焦燥を我慢できず、憤怒する。
そして甲高い雄叫びを上げる。
「うぁぁぁぁあああああああああしゃああああああ!!!。」
ここから逃げようとした対戦相手に向かい、獰猛な走りをする。
鍛え上げられた肉体が自慢の対戦相手も怖気づき、涙と鼻水を溢れ出している。
俺は容赦無く斬りかかる。
鋭利な爪を一振り。
しかし間一髪、適当な動きで掠めただけにおさまる。
また人を殺してしまう...!!
俺は何とか意識を本来のに戻そうと何者かもわからない未知なる敵と相対する。
すると動きが少し鈍くなって来た。
自分でもどうやったか定かではない。
その隙に対戦相手の男は泥酔しているように逃げる。
俺はそのあと追う。
そして全体重を男にのしかかり、動かさまいと拘束する。
よだれの垂れた尖った牙が幾つもついた口を男に向かって開く。
高温のよだれが髪につき、少し沸騰した挙句、溶解。
男は悲鳴を上げ、神様に何やら懇願している。
もう顔が人間の物とは思えないほど豹変し、恐怖でしわくちゃになっている。
俺は必死に未知に刃向かが、体が動いてしまう。
右手で男の頭を鷲掴みにして前方方向の顔を無理やり後方に向かせる。
骨の折れた音が鳴ったような気がした...。
男にもう魂はない。
もう内側が空っぽだ。
それでも俺は辞めない。
口を盛大に開け、噛み砕こうと口をガブガブと雑音を出す。
そしてそのまま、頭を覆い隠すほど口が開け放たれ頭を噛み砕く動作に入る。
もう上の牙が頭上に当たっている。
くそっ!また罪を犯してたまるかっ!!
どれも自分が感情をコントロール出来なかったのが原因だ。
もう口内に顔が入っている。
あともう少しすれば首が吹っ飛ぶだろう。
鮮血を浴びるのを想像すると楽しみで仕方がな......。
いや、違う!!
俺は殺人を楽しむようなやつじゃない!!
目を覚ますんだ....!!!!
俺は全力で意識に抵抗する。
すると少し口が開かれる。
あと少し...!!
さらに意識に逆らう。
いっけー...!!!!!!!!!
俺は自分の奥底から抵抗心を溢れさせる。自分の内に潜む未知なる敵と格闘する。しかし、殺人衝動が俺の意識を乗っ取りに来る。俺は負けん時とそれに反発。
残りのの力を全て振り絞る。すると殺人衝動が少し薄れた。
ついには男から離れた。そして徐々に本来の自分へ戻っていく。
身体中から熱が外界へ放出され、元の姿に戻っていく。
途端に意識が朦朧とし始める。
視界がモザイク状に見える。
相当、疲労困憊なのだろう。
俺は誘われるかのように、地面に体を預けた。
すると足音が幾つも耳に入る。
誰なのだろうか...。
しかし思考するのも許されず俺は陶酔していた。もういいか。
俺は瞼を下ろし、気持ち良く意識を失った。