音楽業界に携わる前に

某ラジオ番組から突然

「社会の一員になるため社会の一環としてAD(アシスタントディレクター)

になりませんかとオファーされました」

ラジオ番組はミュージックパラダイス

そのパーソナリティとある場所で

その偶然的な出会いがきっかけで

後日オファーが来ました

最初はパーソナリティとは知らず

あとから聞いた時は大変驚きました

大学のキャンパスでの講座を

大阪のとある場所で受けていました

ゲーム会社に勤めようと幼い頃から夢見て

たまたま大学の講座を知り受けました

それから突然ある日急に進路が変わり

音楽業界に携わることになりました

 

歌手のCHEMISTRYは16年前に

仕事に携わりました

ちょうど大学が決まっていて

その時堂珍嘉邦さんと川畑要さんにも

大学へ入学することを報告しました

大学と音楽活動を両立しながら

やっていました

当時僕はH.U.B.の名前で作詞して

2曲を松尾潔さんなどと一緒に製作

勉強の合間を縫って作詞していました

当時はアルバムのリリースが控えていたので

大急ぎで製作もちろん手直しも後から

CHEMISTRY側の方で手直し

メールでやり取りしながら製作していました

 

当時携わったアルバム

ジャケットのイメージの提案の案も出しました

fo(u)r | CHEMISTRY | ソニーミュージックオフィシャルサイト 

https://www.sonymusic.co.jp/artist/CHEMISTRY/discography/DFCL-1234?bcRefId=70001843_DFCL-1234_08VFL

 

2007年6月頃ケミストリーのコンサートで

その会場の裏側でスタッフに歌詞を渡しました

その中にスクウェア・エニックスのゲームソフト「FINAL FANTASY XIII」のテーマソング

に起用して頂きたいと思いCHEMISTRYの二人に伝言しました

しかし2009年10月からJ-WAVE『OH! MY RADIO』にて

川畑要さんが僕の作詞が採用されなかったことを報告

本人がいないと実現できなかったそうです(´;ω;`)ウゥゥ

 

あれから16年経ち

試行錯誤して

何度も修正・手直し・組み立ての繰り返し

昨年は制作に戸惑い

途中で何度も何度も中断をしたり

完成の目処が把握できず

今年の3月一旦作業は終えました

それからまた書き下ろし

制作を再開しました

先月でとりあえず終えて

これまで仕上げた作品を見直す作業に入りました

当初始めたころは極秘でまっさらの帳面で白紙のままの状態で

1からではなくマイナスからの0からのスタートでした

普段通りだと以前のようにメンバーがサポートされて製作されますが

今回は独りで作詞を16年間続けました

悪戦苦闘の日々もありました

なかなかフレーズが思い浮かばない時もありました

思い返せば振り返るとこれらの歌詞には

様々な思い出が詰まったように感じました

歌の内容はまだ伏せて置きますが

今までとは全く違った作品になったと

僕は思います

報告は以上となります