メンタルヘルスケアの基本である「睡眠」についての3回目です。

 

睡眠①」では、一晩の睡眠中にみられる眠りの変化や、良質な睡眠をとるための自然な睡眠構造について説明しました。

 

睡眠②」では、睡眠-覚醒リズムとともに変動する体温やホルモン分泌などのサーカディアンリズムについて説明しています。

 

それらの内容を踏まえて、今回は睡眠の質を高めていくために、日常生活のなかでできる睡眠環境をよくする工夫について考えていきたいと思います。ぜひ、最後までおつき合いください。

 

快適な睡眠環境づくりのポイント
  • 光環境
  • 音環境
  • 温熱環境
  • 就寝前活動
  • 嗜好品

  日常生活のなかでできる良質な睡眠への工夫

 

スムーズな入眠のためには、覚醒度をあげるような刺激をなるべく避けて過ごすことが大切です。

 

しかし、24時間にぎやかに営業している小売店や飲食店はたくさんありますし、パソコンやスマホからは24時間その人好みのコンテンツが提供されています。

 

睡眠はしっかりとったほうがよいとわかってはいても、ついつい深夜の帰宅になってしまったり、枕元でお気に入りの動画を見続けてしまったりします。私たちの身の回りには、睡眠を乱す要因となるような誘惑がたくさんあるということですね。

 

生活のなかから、そのような刺激をすべて排除して睡眠に備えようとするのは、あまり現実的とはいえませんしし、ほとんど不可能だと思います。

 

ですので、日常の生活動作には支障がなく、睡眠を妨害する刺激には過度に晒されないような環境を工夫していくことが適切でしょう。

 

ポイントは、「生体リズムに伴う生理的変化の促進」とともに「リラクセーション(副交感神経活動)を促進」する環境調整や就寝前活動です。

 

 

「光」 サーカディアンリズムにもっとも影響する刺激

 

光は覚醒作用をもっており、サーカディアンリズムにもっとも強く影響します。

 

サーカディアンリズムを環境に同調させるためにも重要であると同時に、環境とのズレを生じさせる刺激でもあることを知っておきましょう。

 

睡眠-覚醒リズムを安定させるためには、まず“起床時にしっかりと朝日を浴びる”ことがとても大切です。これでサーカディアンリズムのズレを調整します。

 

日光浴とまでいかなくても、朝起きたらすぐにカーテンを開けて、少しでも窓から外を眺めてみましょう。これくらいなら、負担なくできますよね。

 

光を浴びて目を覚ますことはもちろんですが、実は、このちょっとした行動が夜間の睡眠のためにもとっても重要なんです。

 

就寝時間帯になると、“睡眠ホルモン”ともいわれるメラトニンの分泌量が増加します。この分泌のタイミングは、朝日を浴びてからだいたい14~16時間後といわれています。6時に起床したとすると、21時前後ですね。

 

つまり、朝日を浴びることは、夜間の自然な眠気のためのタイマーをセットしているようなものなんです。だから、朝はしっかりと朝日を浴びましょう。

 

次に、夜間の照明についてです。

 

メラトニンは光の影響によって分泌が抑えられるという性質があります。諸説ありますが、一般的な室内照明の明るさである100~200lux程度でも分泌が抑制されるという指摘もあるため、夜間の“明るい照明はできるだけ避けた方がよい”でしょう。

 

たとえば夕食が終わった後には、室内の照明を少し落として就寝に向けた明るさに調整するとか、間接照明にして光を直接浴びないようにするといった工夫ならできそうです。

 

室内を真っ暗にすると困りますから、生活動作に支障がない程度に明るさを抑えつつ、蛍光灯などの白色光ではなく、なるべく白熱電球のようなオレンジ色の光を選びましょう。

 

 

「音」 自分ではコントロールできない場合も

 

環境省の騒音基準値によると、住宅地であれば昼間は55dB以下、夜間は45dB以下が望ましいとされています。45dBの音量とは、図書館にいるときの音量などといわれますので、けっこう静かなイメージです。

 

しかし、睡眠への影響に注目してみると、30dB程度から悪影響をもたらすといわれています。ちなみに、30dBとはささやき声ほどの音量です。

 

なので、なるべく音のしない状況で就寝できるほうが望ましいと考えられるわけですが、たとえば交通騒音や近隣住民の生活音などは、自分では防ぎきれないということも少なくありません。

 

そのような場合は、耳障りのよい音楽を静かに流して、騒音をマスクするといった方法が有効かもしれません。もし、その音楽が好きすぎて頭の中で歌ってしまうようなら、逆効果になってしまうかもしれませんので選曲には注意が必要ですね。

 

音楽以外では、ホワイトノイズを流しておくことも有効だといわれます。

 

ホワイトノイズとは、人が聞くことのできるすべての周波数が均等に混ざった音で、「シャー」とか「サー」などと聞こえる音です。

 

交通騒音や生活音などが眠りを阻害するのは、音量の問題もありますが、不規則に耳に届くことで注意をひきやすいということがあります。

 

ホワイトノイズが一定に流れていると、そのような騒音を効果的にマスキングしてくれるため、不規則な騒音を気にしなくてすむというわけです。

 

 

「温熱」 深部体温(体内の温度)の低下を損なわない温湿度

 

私たちの身体は、就寝の2~3時間前あたりが一日のなかでもっとも体温が高くなり、明け方にかけて体温が下がっていき、朝になると再び体温が上昇するというリズムをもっています。

 

そのため、スムーズな入眠には体温の低下を損なわない工夫が大切です。

 

身体と寝具の間に生じる温湿度、つまり布団のなかの環境を寝床内気候(しんしょうないきこう)といいます。快適とされる寝床内気候は、温度が32~34℃、湿度が50±10%といわれています。

 

これらの温湿度から高くても低くても、深い睡眠やレム睡眠が減少したり、覚醒が増えたりするといった影響が生じると考えられています。

 

とはいっても、寝床内気候を毎日こまかくチェックするというのは大変そうですね。それこそ、気にしすぎてかえって眠れなくなるかもしれません。

 

体温低下を損なわないことを意識して、温めすぎない程度で快適な温度に調整できればよいのではないでしょうか。

 

布団に入ってから少し汗ばんでくるようなら、温めすぎているから身体ががんばって体温を下げようとしているのかもしれませんね。

 

また、氷枕や冷却シートで頭部を冷やすこともおすすめです。

 

体温を下げるといっても、冬場には手足の冷えがつらくて眠れないという方も多いかもしれません。そんなときは、手足はしっかりと温めつつ、頭部は冷やすといった調節などがよいでしょう。

 

もちろん、夏場の寝苦しい夜にも頭部冷却はおすすめです。まさに頭寒足熱ですね。

 

 

「就寝前活動」 就寝2~3時間前の加温がポイント

 

就寝の2~3時間前に、ヨガやストレッチといった軽めの運動をすることで、スムーズな入眠が促され、深い睡眠が集中して出現するといわれています。

 

このような効果は、運動をしたことの疲労によるものではなく、身体が温まったことでもたらされています。

 

先ほども触れたように、入眠時には体温の低下を損なわないことが重要ですが、就寝の2~3時間前に少し体温を上げることで、その後の体温低下がより明瞭になり、スムーズな入眠やその後の深い睡眠の確保につながるというわけです。

 

だいたい、0.5~1℃が上がるだけで十分に効果があるようです。

 

就寝前の運動の強度が高すぎると、身体が興奮状態となり、体温も上がりすぎてしまうため、かえって眠れなくなるので要注意です。あくまで“軽い運動”にすることが大切です。

 

身体を温めるという意味では、入浴にも同様の効果が期待できます。

 

これも運動と同じで、温めすぎると逆効果になるため注意が必要です。一般的に、38℃ほどのややぬるめのお湯で、だいたい20~30分程度つかるのがおすすめのようです。

 

シャワーでは体温(体内の温度)がほとんど変化しないといわれているので、やはりしっかりと湯船につかるのがよいでしょう。

 

運動と入浴をあわせて考えると、就寝時間の3時間ほど前から軽い運動をして、その後にゆっくりと入浴をして就寝に備えるという習慣がもてるとよさそうですね。

 

 

「嗜好品」 アルコールには要注意

 

睡眠に影響を与える嗜好品の代表的なものの一つがアルコールです。

 

お酒を飲みながらウトウト…という経験を多くの方がされているのではないでしょうか。

 

たしかに、お酒には眠気を引き起こす作用があるため、寝つきをよくします。また、睡眠前半の深い睡眠を増加させるという報告もあるようです。

 

そう聞くと、ぐっすり眠れてよい影響があるようにも聞こえますが、そうではありません。

 

睡眠の後半にかけて、深い睡眠が減少し、浅い睡眠(レム睡眠)が増加することで、中途覚醒(夜中に目覚めてなかなか再入眠できない状態)が増加するという影響をもたらします。

 

また、日中の眠気にも悪影響をもたらし、注意・集中力の低下を招きます。さらに、睡眠時無呼吸症候群の発症や、その悪化をもたらす要因になることも指摘されています。

 

睡眠への影響を考えれば、“アルコールがよい影響をもたらすことはない”ということは、しっかりと理解しておく必要があるでしょう。

 

お酒を飲むにしても、適量に留め、就寝直前まで飲むのは控えるといった節度が大切です。

 

一般に、飲酒の適量とされるのは、純アルコールにして20g(1単位)ほどです。具体的には、ビールであれば500ml、缶チューハイであれば350ml程度です。

 

また、人によって“お酒の強さ”は違いますし、分解の早さも違いますが、遅くとも就寝時間の4時間ほど前には飲み終えておくと睡眠への悪影響も軽減できます。

 

とくに“寝酒”が習慣化している人は要注意です。

 

寝つきをよくする効果を求めて飲酒をしていても、慣れが生じるため数日のうちに効果はなくなります。それでも同じ効果を期待していると、徐々に酒量が増え、だんだんとアルコール依存症のリスクを高めてしまうのです。

 

アルコール以外では、コーヒー・紅茶・緑茶・コーラなどに含まれるカフェインや、タバコに含まれるニコチンも覚醒作用をもつため、睡眠にはよい影響を与えません。

 

これらも、少なくとも就寝の3~4時間前からは避けたほうがよいでしょう。

 

 

まとめ 自分にとって心地よい睡眠環境を

 

ここまで、睡眠に影響する刺激や環境についてご紹介してきました。

 

「光」「音」「温熱」「就寝前活動」「嗜好品」は、私たちの日常生活に身近なものであり、だからこそ、少しの工夫で睡眠の質をよくすることを可能にします。

 

これら以外にも、寝具や香りなどの工夫もできるかもしれません。

 

いずれにしても、睡眠の質をよくするという意識を大切にし、そのうえで自分にとって心地よい生活習慣に向けた工夫をすることが大切でしょう。

 

ここに挙げたすべてを実践しようとすれば、生活が窮屈になってしまって、不要な負荷を感じてしまうかもしれません。それでは本末転倒な気もします。

 

まずは、自分の生活のなかで無理なく取り組めそうなことから始めてみてはいかがでしょうか。