~ある画商の日々徒然~ -49ページ目

ファンの皆様に、大切なお願いです。

 最近、このBoogieWoogie商店やフェイスブックの水森亜土ファンページに載っている絵の画像が勝手にコピーされてブログなどに貼られているという情報が寄せられて、ちょっと困っています。

 亜土さんの絵やイラストにはすべて「著作権」があります。これは、その作品を制作した人やその会社=水森亜土さんと劇団未来劇場が所有する作品画像の使用権のこと。しかし、その画像が勝手に無断でコピーされてネット上に出回ってしまうと、また次々にコピーされて心無い業者などに勝手にポストカードやTシャツに使われてしまう恐れもあるのです。

 著作権のある画像を勝手にコピーして何かに使うのは法律上禁じられています。

 ですから、そんなことがあると、亜土さんも我々も安心して新作を制作したり、展覧会を企画して宣伝したり出来ません・・・。

 いまこのブログを読んでいらっしゃる皆様はその様な方々ではないと思っています。しかし、そんな行為が最近いくつか発生していますので、何卒ご理解くださいませ。


 さてさて。


 6月、梅雨の季節ですね。
 
 外は雨模様ですが、気持ちは「キャッホ~!」でいきたいもの(笑)

 今月は、吉祥寺の東急百貨店の画廊で小さな作品展が開かれます。亜土さんの地元といってもいい場所ですね。

 新作版画の「Angel on your shoulder」は、東京では初お披露目となります。飾りやすいサイズなので、首都圏にお住まいのファンの方はぜひご覧になってみてください。もちろん他にも油絵、水彩のカワイイ新作も揃います!

 そして、恒例の楽しいジャズライブも、いつもの上野アリエスと新橋シグナスで演りますよ~!詳しくはイベント欄をチェックしてくださいね。

 吉祥寺で展覧会を観て、夜はジャズクラブで生アドちゃんとご対面・・・そんなスペシャルなコース、いいんじゃないでしょうか!?

(店主ひでを・談)
 

今秋、大阪で来場展が決定!

 以前2回にわたって、アドちゃん大個展が開かれた近鉄百貨店の阿倍野本店で、今年の9月に来場展が決まりました!

 22日(木)から28日(水)の1週間。秋分の日と土日を挟んだ初秋のスペシャルウィークです。

 25日の日曜日にはアドちゃんも来場!

 さらに、その前夜のサタディナイトに、最寄の店でジャズライブもいま密かに計画中なのだ!

 関西のアドちゃんジャズ企画は、いかしたトロンボーンの井出さん率いるブルーリズム・バンドがノリノリの演奏を聴かせてくれるので、なんとか実現にこぎつけたいもの。東京のアドちゃんバンドとはまたちょっと違って、ややラテンっぽさもある雰囲気が関西のノリに合うんですよね!

 とにかく、大阪はしばらく来場展がなかったので、盛り上がること間違いなしでしょう。

 以前に阿倍野で開かれた時は、子供たちのノリの良さにアドちゃんもビックリしてました(笑)

 京阪神その他関西圏にお住まいのファンの皆々様、また詳しいことは随時告知してまいりますので、ぜひぜひお楽しみにお待ちくださいませ!

(ひでを・談)

図面を書くのも仕事なのだ。

 
 今日はゴールデンウィーク最後の休日でした。
 皆様、どの様に過ごされたでしょうか?

 私はしかし、休みとはいっても先延ばしにしていた仕事を片付けなければと昼からは事務所に赴いて取り掛かりました。

 展覧会場の図面作成。

 今年8月に、鹿児島の山形屋という大きな百貨店の催事場で、結構な規模の水森亜土展が開かれるのです。

 会場坪数はざっと150坪ほど。これまでの展覧会の中でもかなり広い方です。

 そして、そのレイアウトも基本的には私の仕事。最後のセンチ単位の細かい詰めは施工業者の方が仕上げてくれますが。

 で、結構これが大変なのです。

 一番気を使うのが、やはりお越しになるお客様にとって、いかに見やすく作っていくか・・・いわゆる動線です。

 そして、われわれスタッフが仕事しやすいようにもしなければなりません。
 さらには、アドちゃん来場時はとにかく会場内が大混乱になるので、その時にどれだけ整理整頓しやすい会場を作っていくか・・・この点が一番難しいですね。

 なんとか大まかなレイアウトは仕上げました。

 この図面で、まず百貨店側と打ち合わせしながら詰めていきます。

 で、今回は・・・。

 とにかく会場が広いので、アドちゃん来場イベント時のミニステージの横に、特別展示品コーナーを少し設けてみました。
 ここに並ぶ作品は、残念ながら販売はしませんが、普段はなかなか見ることのできない貴重な原画です。
 さらにもう一か所、今までにはない展示コーナーを作ったのですが・・・

 で、この内容は、ヒ・ミ・ツ!

 何故って、これはまだアドちゃんご本人にも内容を相談しないといけませんので・・・悪しからず(笑)

 ご本人はいまニューオリンズ・・・かな?

 春のレビューを無事終えられてのバカンスです。
 中旬には帰国される予定なので、その後に相談に赴く予定。もちろん正式決定した折にはこちらで公表させていただきます。

 では、皆様明日からまた仕事、あるいは平常の生活に戻る方がほとんどだと存じますが、はりきっていきましょう!

(ひでを・談)

BoogieWoogie商店 最新カタログが仕上がりました!

Toi et moi ~ブギウギ店主の気まぐれ日記~-BoogieWoogie商店 2011-2012カタログ

 お待たせしました!

 水森亜土 作品専門ウェブショップ BoogieWoogie商店の最新カタログがようやく出来上がりました。
 お待たせしましたファンの方、遅くなり申し訳ありませんでした。

 現在、在庫のある29作品をすべて掲載しています。

 ご希望の方には無料でお送りします。

 お申込みは下記サイトより、お問い合わせ欄から。
 http://www.ado-boogiewoogie.com/

 もちろん、このアメーバからでもOKです!

 お名前・送り先をお忘れなく・・・(誰が忘れまんねん!)

(BoogieWoogie商店 店主・たなかひでを)

いよいよ倉敷で、2回目の展覧会がスタート!

$Toi ei moi ~ブギウギ店主の気まぐれ日記~-天満屋倉敷ポスター

 来週水曜日から、倉敷で作品展がスタート!
 もちろん会期中、私も現場へ出張です。

 場所は、倉敷駅前にある百貨店・天満屋さんの美術画廊。こじんまりとした会場ですがひじょうに見やすく、そして作品はもちろん充実してますよ!

 特に4号というサイズ・・・玄関やちょっとしたスペースに飾りやすい油絵が今回は注目!

 そして、版画の最新作「Angel on your shoulder」、これも今まで発表されている中でもかなり小さ目で飾りやすいです。絵の内容も・・・

 ↓ コレです!

 $Toi ei moi ~ブギウギ店主の気まぐれ日記~-Angel on your shoulder

 昨年は倉敷では初個展で、さすがに美術館も多い地域だけに皆さんすごく目が肥えていらっしゃる感じでした。1週間の期間のうちに2回以上観に来られる方がとても多かったのも印象に残っています。

 また今回も、そんなお客様にお会いできることを楽しみにしています!

(店主ひでを・談)

「ブギウギ店主、あらためてのご挨拶」

 さて、ようやく新シリーズのスタートです。
 
 ファンの皆様にはたいへんお待たせしてしまいました。ゴメンナサイ!



 いま、日本全体が大きな不安の渦中です。

 アドちゃん関係の仕事に携わるスタッフとして、そんな今だからこそ、アドちゃんパワーをしっかりと発信して、小さな子供さんからご年配の方々まで、ちょっとでも元気になっていただければ、私としてもこんなに嬉しいことはありません。

 先月は震災の影響で、展覧会予定が一部延期になってしまい、楽しみにお待ちいただいていたファンの皆様にはご迷惑をおかけしてしまいました。

 あらためてお詫び申し上げます。
 申し訳ございませんでした。
 
 ちなみに、上大岡京急百貨店の展覧会は、今秋に開催の予定で現在調整中です。来月上旬にははっきりとした日程もお知らせできることと思います。いましばらくお待ちくださいませ。

 展覧会にあわせて、地元の素敵なクラブでのジャズライブも検討中です!

 
 これからの展覧会予定は、私どものウェブショップBoogieWoogie商店のイベント情報欄をぜひチェックしてくださいませ。

 また、最新作も含めた全版画作品の最新カタログも来週仕上がります。そちらもぜひ、送り先をご明記のうえご連絡いただきましたら無料でお送りさせていただきます。

 素敵な新作も、出来上がってますよ~!

 それから、もしも九州にお住まいのファンの方がいらっしゃれば嬉しい情報。
 今夏8月、鹿児島の山形屋というデパートの催場で、アドちゃん来場の大きな展覧会が決まりました!
 また、それに合わせて新作情報などもお知らせしていきます。

 
 あ、そうそう。そんなリアルタイムな情報は、ぜひfacebookの水森亜土ファンページのチェックがお薦め。ご本人との打合せの様子とか、コアなネタをちょこちょこっとつぶやいております(笑)

 
 今日から、銀座博品館劇場で、劇団未来劇場の春のレビューも始まりましたね。私は来週火曜日、楽しみに観覧しに上京します。

 
 では、これからぜひ、こちらのシリーズ「Toi et moi~ブギウギ店主の気まぐれ日記」をよろしくお願い申し上げます。


(田中英雄・談)
 
 

Toi et moi・・・ブギウギ店主の気まぐれ日記

新シリーズ、近日中にアップ予定です。
いましばらくお待ちくださいませ。

第5話 「坂道を転げ落ちながら暴走」 最終回

 会社の経営はもはや末期状態。

 オレも「何とかしなくては・・・」という思いもあり、とにかく一度の催しで出来る限り大きな売上を狙える企画として、いわゆるハイリスク・ハイリターン型の仕事を考えるようになっていった。

 ところで。

 皆さんも名前くらいは聞いたことがあると思うが、ヒロ・ヤマガタ、そしてラッセン・・・・恐らくキャッチ・セールス・・・・そんなイメージをお持ちの方も多いかもしれないが。
 美術史上ではひじょうに新しいジャンルでもある、これらのアーティスト・・・つねに賛否両論はあるが、バブル期以降いまなお日本の市場で一定の根強いファン層を持っていることも事実。
 当時、従来の画商と百貨店が形成する市場とは全く違った流通経路で、これらのジャンルは驚くべき規模を誇っていた。
 どのような流通かというと、卸元は自社の販売員たちを組織し、会場はホテルや大きな貸ホールを使用、そして集客を請け負う業者としてテレビ局や新聞社の物販事業部が提携し、それぞれが利益と経費負担を配分するという形態。

 中でも、高給で知られる某テレビ局とその傘下にある新聞社を擁するグループが中心となって全国巡回で行われていた企画は、規模が抜きん出ていた。

 オレは、百貨店での展示販売会と並行しながら、その某大手マスコミ・グループの企画責任者を何度も訪れて、ウチの会社の作品展示会を提案していた。

 しかし、先方もバカではない。

 なかなか話には乗って来なかった。

 ウチの会社の作品は、どちらかと言えば従来の百貨店顧客などが好むタイプで、一方のマスメディア集客型展示会はもっと客層が若く、これまでの美術業界で見られたような「絵画的」な作品よりも、もっとポップでイラスト的なものが好まれた。

 結局、相手はノーリスクで提携出来るのであればやってみてもよい・・・そんな結論になった。

 会社に持ち帰って社長に相談した。

「全経費がウチ持ちですわ。しかも、百貨店と違って会場費もかかりますし、それにテレビや新聞を使っての集客なんで、宣伝費もめちゃくちゃ要ります。でも、その分、売れた時に相手に落とすマージンは10%で話つけてますんで、ちなみに1割引きでお客さんに小売するのとほとんど同じです。益率はめちゃくちゃ高いです。利益は残らへんでも、損益分岐ぎりぎりである程度の在庫は損せずに換金出来る勘定になりますけど・・・社長、どないします?」

 ちなみに、百貨店催しの平均的な小売予算は当時500万円から1000万円ほどだったが、マスメディア集客展示会だと損益分岐そのものが2000万円くらい、売上予算は5000万円前後というような桁外れな規模。しかもウチの会社が負わなければならない経費が1000万円近くにも達する・・・。

 さすがに社長も慎重だったが、結局、とにかく一度やってみようという決定になった。

 そして、幸か不幸か、その企画が成功した。場所は仙台の駅前にあるホールだった。

 さらに当然の流れとして、2度目を開催。長野だったが、それはコケた・・・。

 最初に成功した仙台はテレビを徹底的に使った。一方の長野は新聞に頼った集客だった。しかし、それ以上に違っていたのは品揃え。要するに売れ筋在庫というものがもはや会社から急速に姿を消していたのだ。

 しかしそのまま身を引くはあまりにも癪だったし、何とか失敗した分は取り返したかった。
 そして立てられた企画が高松、広島、愛媛の3会場巡回で売上予算1億8千万円という内容だった。
 今振り返って冷静に考えると、当時は社長もオレも、一種の熱病に冒されていたような状態だったとも思う。言わば、ギャンブルにのめって泥沼にハマるのと同じ心理状態。

 嫌な予感は十分にあった。
 品揃え、会場の立地条件、さらには販売を任せていた某販売会社の体制・・・。

 しかし、もはや精神的に泥沼・・・まるで魔物に憑りつかれたかの如く、オレは黙々と開催準備を進め、社長は相変わらず運転資金の捻出に日々奔走していた。

 この時、実はすでに心に決めていたことがあった。

 今回のこの3会場の巡回企画が失敗したら退社しよう・・・そのようなカタチでオレは責任をとるべきだと。

 理由は単に金銭的な話だけではなかった。

 このブログを冒頭からお読みいただいている方はご記憶にあるかもしれないが、会社の社内はオレを中心とする改革派とそれ以外の保守派に分かれていた。
 そして以降、会社の経営状況が悪くなるに連れてオレは会社の人事について社長に物申すようになっていた。

 要するに、会社の方向性に異を唱える古株の給料、ひいてはその人物たちの存在自体が会社にとってマイナスにしか作用していない・・・そんな話だ。

 リストラを決断するのはあくまでも社長である。しかし、オレは陰口をたたかれていた。

「田中がいるから彼は解雇された・・・○○さんも、○○クンも、次は?」等々と。

 社内にそんな背景があったのも手伝ったのだろう・・・・・オレは成功する見込みのない、ほとんどリスクしかない仕事にまで突っ走ったのだと思う。

 正直に言ってしまおう。

 いま思えば、オレは逃げたかったのだ。

 催しの失敗・・・それを理由に。

 会社も、社長も、オレ個人も・・・もはや限界だった・・・のだろうか・・・。

 話を切り出した時、社長は何も言わずに頷いた。





 オレは地元の京都へ戻り、画商として独立。細々と一人で商いをスタートさせた。

 1993年の春だった。





 ほどなく、以前の会社には誰もいなくなった。ちなみに登記上はまだ残っているらしい。

 社長にはそれ以来一度もお会いしていない。

 辞めたことを後悔してはいない・・・のだが・・・
 社長にはとても申し訳ないことをした・・・その気持ちはいまも残っている。

(終)

PS.
5回にわたり連載して参りました「半人前の舞台裏」は、諸事情により今回でしばらくお休みにさせていただくことになりました。忘れた頃の更新にも関わらずご拝読賜りました皆様方には厚く御礼申し上げます。
ちなみに、このアメーバブログは現在弊社が運営しております水森亜土作品サイト内のブログページとして近日中に刷新させていただく予定です。内容は私とアドさんとの様々なネタ話になろうかと思います。
 スタートは3月下旬、更新は・・・恐らく月一度くらい?(笑)
 ま、よろしければそちらも気が向いた時にのぞいていただけると幸いです。
 有難うございました。また今後ともよろしくお願い申し上げます。

ひでを・拝

第4話 「坂道を転げ落ちながら暴走」後編

 保守派と改革派に分かれていったフランコニー社。勢力が強かったのは、オレを含む改革派だった。何故かといえば、社長自身がそうだったから。

 いま振り返って冷静に考えると、オレは会社を存続させるためには、むしろ保守派が唱える道を進んだほうが正解だったように思う。
 オレが指向した、百貨店ルートへ問屋をすっ飛ばして直取引をしながら全国展開となれば、一定数の社員を抱える必要がある。現場のセールスを外注で雇うなら外注費が嵩むし、それ以前に、現場で顧客に対して絵を販売する仕事・・・そんな甘いものではない。

 余談だが、オレがよく冗談めかして言う文句がある。
「田中さん、画商さんですか。絵って、値段があってないようなものなんでしょ?」
「その通り。我々の商いっちゅうのは、道端の石ころを・・・・お客様、この石はですねぇ~・・・って優しく撫でながら10万円で売るような仕事ですわ(笑)」
 もちろん、このまま言いっ放しでは業界の信用に関わるので、その後ちゃんとフォローはする。が、一流の画商さんというのは、その気になればそんなことでも出来てしまうくらい凄い人たちが多いということ。
 逆に表現すれば、美術品をしっかり売りさばくだけの販売力を持てば、もはや宝石も呉服も不動産も、それなりの専門知識さえ身につければ結構楽に売れるとオレは本気で思っている。オレは、自分自身は一流の画商とは思っていないが・・・いや、マジで。
 
 話を戻そう。

 つまり、フランコニー社はあくまでも版画のメーカーであったわけで、百貨店の店頭で顧客へ作品を販売するノウハウは無かった。当時たまたま銀座と南青山に小売の画廊を出店していて、その店に配属されていたスタッフ数人はそんなノウハウはある程度身に付けていたが、当時会社が抱えていた負債や不良在庫、社員数や事務所・小売店の数か所にわたる家賃等をペイするだけの利益を継続的に捻出するためには、もっと大人数の精鋭達による販売部隊が必要だった。

 オレが先頭となり、全国展開の足掛かりを試みようとはしていた。しかし、自分を含めて、顧客へしっかりと販売出来るようなノウハウを当時持ち合わせていたスタッフはごく少数だったために、なかなか思うような実績は上がらなかった。もちろん、保守派たちの売り上げは上回っていたが。

 そしてそのうちに、会社の火の車状態はさらに悪化していった。、

 まず、社員たちの給料を捻出するためにキャッシュが要る。それが無ければ借りるしかない。しかし、貸してくれるような先もバブル崩壊劇の最中である。相手を選ぶ。選ばれるためには、そんな相手を上手く騙すしかないわけだ。

 社長は凄い人だったと思う。

 今でも鮮明に記憶に残っているシーンが二つある。

 銀行の融資返済が出来なくて、社長が担当者に返済を遅らせてもらう交渉に行った。そして会社へ帰って来た。経理のおじさんが冷や汗流しながら心配そうに、
「社長、どうでしたか・・・」
 そこで社長、大笑いしながら、
「返せないんだから、はっきりと返せませんって言ったんだよ。で、担当の彼、ず~っと黙ってるからさぁ、じゃあウチは倒産ですか?って聞いたんだ。でもまだ黙ってるからさぁ、こんな莫大な不良債権がお宅の銀行に残っちゃったら、○○さんの責任になりませんか?そんなことになれば、○○さん、僕と一緒に心中することになっちゃうかもしれませんよねって言ってやったんだよ。そしたらあと1ケ月待ちましょうってさ(笑)大丈夫、大丈夫!」

 もうひとつのシーン。

 当時の改革派の部長と昼飯を食いにいって会社に戻ろうとしたら、その部長が突然眉を潜めて、
「お~い、田中クン、いま会社に戻ったらヤバいぜ!」
「えっ?どうしたんですか?」
「ほら、アレアレ、見てみろよ!」
 会社のビルの前に明らかに懲りない面々が5~6人タムロしている。さすがにオレもピンと来た。社長が繋ぎ資金を工面するために、何かをしでかしたのだ。
 何をしたかと言うと、当時、業者間で即札束に変えれば恐らく2~3千万くらいの巨匠の絵画を在庫で持っている画商からその作品を委託で借りてきて、他へ転売したのである。その先は、業者間だけで営まれる競り市として知られる交換会。

 交換会について、ちょっと説明しておこう。その昔から、画商や骨董商などは恐らく胡散臭い連中が多かったためか、なかなか銀行から金を借りるのが難しかったらしい。そんな事情から、同業者同士で言わば助け合いの会のようなものが結成されたのである。
 Aさんがお金に困って、ある作品を会に出品した。Bさんが、ちょっとだけ値段に色をつけてそれを買ってあげる。で、Bさんが会の主へお金を支払うのは例えば1ケ月後。そしてAさんには、その会の主がBさんからの入金を待たずに1週間後に渡す・・・ってな具合である。現在はかなり色々なタイプの会があるので、取決めも種々雑多ではあると思うが。

 社長に貸した作品を持っていた画商は、即現金なら2~3千万になる在庫をそのまま売らずに持っているわけだ。つまり、そこまでお金には困っていない。そんな画商が社長にその作品を貸し出すのなら、それなりに利潤を乗せるのが当然。恐らく、当時のバブル崩壊時にも関わらずそんな高額品を余裕で抱いていたヤリ手画商なら倍くらいの金額で社長に貸したと思う。どうせ売れた暁には値切られることも見越して。
 社長はその作品を、なんと交換会に持ち込んで現金を捻出したのである。つまり即金で2~3千万を握りしめて会社に戻ったのだが、近日中には作品を借りた画商へ4~5千万を払わなければならないのだ。で、それが約束の期限を過ぎても払えなかったのだろう。

 もしも、オレがその画商だったら。確かに、怖い面々を雇って出向くかもしれない(笑)
 
 オレと部長が会社へ戻った時、他の社員連中は裏の倉庫で、少しでも高額で仕入れた在庫をせっせと抱えて隠していたらしい。もちろん社長の指示で。そして、角刈り黒服を連れた画商さんが現れて、隠せなかった在庫を束のように持って帰ったとのこと。

 ちなみに持ち帰った作品内容を換算すれば、その画商さん、元は取れなかったと思う(笑)

 社長はいつもの調子であった。満面の笑みを湛えながら
「二束三文の在庫だったけど、結構換金出来たよなぁ!良かった良かった(笑)」

 社長には、本当にお世話になったと思っている。

 当時、オレもまだ若かったし、必死だった。そして、会社を背負っているという自負もある程度あったし、それに短期間で美術業界で一定のレベルまで昇って行ったような勘違いも大いにあった。ので、取引先、売り込み先に対して交渉事が通らないと、すぐに口喧嘩をしていたのである。ちょっと偉そうにしたいという下らない欲もあったのだ。そして交渉決裂・・・。

 ある日、社長に言われた。

「田中クンはなんで喧嘩するの?どうせ止めるんだったら、わざわざ喧嘩するよりも何も言わずに頭下げて帰って来た方が僕は得だと思うんだけど・・・。」

 いま考えれば、ごく当たり前のことである。
 しかし、オレはまだそんなことすら気付かずにいた若造だったのだ。目から鱗が落ちた瞬間だった。恥ずかしながら・・・。

 そして、いよいよオレが、そんな社長の元を去る時が近づいてくる・・・。


次回予告 第5話「坂道を転げ落ちながら暴走 最終回」

第3話 「坂道を転げ落ちながら暴走」 中編

 大阪の営業所から東京本社へ赴任。オレに与えられた任務は、新規開拓。

 ここでちょっと美術業界、美術市場についての簡単なお話しをしておこう。

 まず、貴方の周りに、時々絵を買うというような方がいらっしゃるだろうか?絵と言えば、もちろん安くても普通なら10万円くらいはする。20万、30万円どころか、100万円を越えるような作品も、それなりに名前の通った画家ならざらである。
 そして、そんな絵を何度か買ったことがある方を貴方は具体的にどれほどご存知か?殆ど見当たらない・・・というのが大半ではないかと思う。

 美術市場とは言わばその様なもので、一人当たりの購入単価が高いので金額的には一定の規模はあれど、お客さんの絶対数は恐らく他の高額品・・・宝飾品やクルマ、時計、高級家具等等と比べればたかが知れている。故に、画商の数も少ないし、他の業界と比べると驚くほど狭いのだ。

 そんな世界である。流通経路も極めて限られている。

 そして、絵を買う人たちの大半がどこで求めるかというと、百貨店。もちろんそれ以外にも絵を売っている店は、町の画廊や額屋さん、あるいはオークション、その他見本市会場のような所で開かれる展示販売会など・・・しかし、百貨店が圧倒的に多いはず。

 そんな百貨店には、いわゆる問屋さんというのがメーカーや卸元との間に入って商いをしていらっしゃる。

 なので、輸入卸元であったフランコニー社の得意先はそのような問屋さんたち。しかし狭い業界なのでその数も知れていた。

 そんな業界での、新規開拓を任されたオレ。

 最初は、例えば近所の飲み屋や事務所などへ、作品を直接販売する小売の代理店を全国に組織するとか、呉服や宝石その他の高額品を販売している異業種の大手に作品を売ってもらう等など・・・。通販の会社にも色々と売り込みに行った。

 しかし、色々と見回してみると、やはり一番大きな販売チャネルは百貨店である。しかし、バブルも弾け始め、得意先の問屋さんがフランコニー社の作品を仕入れる金額は激減し始めていた。

 ちなみに、そんな問屋さんに対してはすでに担当の営業マンがそれぞれいるわけである。しかし、その営業連中の成績が落ち込んで全然伸びない。で、得意先の問屋はウチの作品ばかり仕入れているわけではないのである。

 各営業マンたちも、色々と工夫しながら売上を伸ばす努力はしていたのだろう。しかし、オレが思ったのは、そんな問屋さんが買ってくれないのなら、一番大きなチャネルである百貨店に、ウチが直接売り込んでいくしかないのではないか?
 百貨店の催し会場などで、ウチの会社がウチの作品を一堂に並べる大即売会を全国巡回で開催していけば、一番効率的に売上が上がるのではないか・・・という結論だった。

 社長はかなりアナーキーな方だった。

「社長。問屋さん達が百貨店で色々と売り出ししている会場を視察してますが、ウチの作品ってそんなに並んでないですわ。でも、催し全体の売上は今でも云千万くらい上がってるんですよ。でも、問屋への売上は減ってる一方ですよね?もちろん今までの義理はあるかもしれませんけど、これ、商売ですし、金の切れ目が縁の切れ目って言いますやん。僕は、もう問屋さんが買うてくれへん以上、そこをすっ飛ばして百貨店に直接売り込んでいくのが一番効率的でえぇと思うんですけど、どう思わはります?」

「そうだよな。田中クンの言う通りだよな。ウチだって死活問題なんだから、問屋が買わないんなら、そうするしかないよな。」

 お墨付きをいただいたオレは、一気に全国の百貨店に売り込みを始めた。もちろん社内の営業担当達の間からは大クレームの嵐である。

「社長、あの関西から来た田中って奴が、私の担当の○○画廊をすっ飛ばしてその先のデパートに直接売り込みに行ってるんですよ。○○画廊の社長さんからこっぴどく叱られました。このままだったら、○○画廊さん、取り引き停止になってしまうかもしれません。止めさせてもらえませんか?」

 しかし、先述のように社長はアナーキー。
「でも、もう最近○○画廊は全然買ってくれてないじゃん。キミの営業努力が足りないんだから仕方ないよね?そんなことを言うんだったら、もっと○○画廊に買ってもらいなよ・・・」ってな調子である。

 結局は、オレの考え方、やり方というのは、それまでの得意先の数々から一堂にそっぽ向かれる方法だった。しかし、その方法によって新しい活路を見出していこうという決断だったのである。

 オレの営業成績は伸びていた。しかし残念ながら、会社全体の落ち込みをすぐに支えられる程までには至らなかった。オレのプラス業績よりも、他の担当者たちの売上激減の方が大きかったのである。

 まさに当時、巷の至る所で見られた典型的なバブル崩壊劇であった。

 そしてほどなく社内は、オレを中心とする言わば改革派と、従来の問屋を重視しながら生き延びる方法を模索すべきだと考える保守派に分かれ、真っ向から対立することとなっていったのである。

(続く)

次回予告「第4話 坂道を転げ落ちながら暴走 後編」