古びた二階建の駄菓子屋のようなところに、なんの面接かはわからないが、とにかく面接に来ていた。一階はやはり駄菓子屋っぽい作りで、おもちゃなども置いてあった。そこにいた女の子に、面接に来た旨を告げると、二階へ行くように言われた。

 入り口のすぐ右側にある階段を上ると、途中の踊り場にそこの主人らしい男がいた。なぜか踊り場に机が構えてあり、主人はそこに座っていた。小太りで、頭は少し禿げ上がり、まるい眼鏡をかけて、小さく細い目をしていた。その男に、さらに上へ行くように言われたので二階まで登ると、部屋などはなく、そこも踊り場のようになっていた。

 先客がいたが、彼も面接を受けに来ていたようだ。一人の若い男が、主人の言葉に従って、僕に何か指示した。何かのテストをやるらしいのだが、そのテストが妙だ。僕はおもちゃの銃を渡され、先客である若い男を見て、何か即興で台詞を喋れという指示を受けた。何のことかよくわからなかったが、僕は先客を見て何事か連想したらしく、「逆襲のシャア!」と、結構大きな声で言った。

 すると、その先客を含め、店の主人も、その部下の若い男も、あざけりの表情を見せて笑った。その笑いには「これだから素人は困る」といった含みがあったような気がする。僕はそのような嘲笑にさらされながらも、みじめな気持ちにはならなかった。むしろ、彼らのそういった態度に幻滅し、「こいつらでは話にならん。こっちから願い下げだ」と思った。

 それほど腹が立っていたわけではないのだが、わざと怒ったような素振りを見せつつ、手に持っていたおもちゃの銃を階段の手すりに叩きつけた。店の主人以下数人は、驚いた表情を見せて唖然としていたが、僕は彼らを尻目に階段を降りて、外に出た。

 外に出て、なぜか近くの学校の敷地内に入って行った。そこは、僕が現実の世界で過去に通っていたどの学校でもなく、校庭には誰もいなかった。校舎を右手に見ながら、桜並木の間を歩いた。季節はもうすっかり春で、桜が満開だった。しかしその桜の木は、現実にある桜とは違って、イチョウの木に形が似ており、まっすぐ立っていた。けれど咲いている花はまさしく桜だ。暖かな陽気と、桜の色彩と、花の香りを鮮明に感じていた。やけにすがすがしい気持ちだったのを覚えている。
 僕はラジオを聞くことが多い。車の中でラジオを聞いていたら、なんのCMか覚えていないが、こんなことを言っていた。

 「空き缶・空きビンも、地球のための大切な資源だ」

 笑止千万である。

 地球のためではなくて、人間のための資源だ。人間と地球をすり替えて、いかにもエコロジーな雰囲気を醸し出そうとしているが、言ってることに筋が通っていない。地球には空き缶も空きビンも必要ない。そもそも、それらは最初から地球にあったもので作られているのだから、地球にとっては資源でも何でもない。

 このようなうわついた奇麗事がずいぶんと蔓延しているように思う。環境保護だエコロジーだと言っても、所詮は人間のため。確かに、環境保護は大事かもしれない。ゴミを減らすことは必要だろう。しかし、そんな当たり前のことを、美辞麗句を並べ立ててことさらに宣伝すること自体、いかに社会が未熟であるかを強調するようなものだ。
 あなたの周りに、どうしてもその言動が受け入れられない人はいないだろうか?あなたは、その人の言動を心の中で批判したり、馬鹿にしたり、怒ったりするだろう。あるいは、面と向かって非難し、説教したりもするだろう。それが「受け入れられない」ということだから。

 あなたが彼に対して何をしようと、彼は変わらない。なぜなら、彼が変わらないのと同じように、あなたも変わらないからだ。変わらないという点で、彼とあなたは同じだ。彼を攻撃し、あるいはなだめすかして変えようとするのは、自分には変わる必要はない、彼が自分の意に(あるいは自分の「常識」に)沿うよう変わらなければならない、と思っているからだ。

 あなたは彼の言動を受け入れることができない。つまり、彼の言動に注意を払い、その意味を理解するつもりがないということなのだ。そういう姿勢で向き合うあなたに、彼が耳を貸すだろうか?あなたの言葉を、苛立ちを、理解しようとするだろうか?自分のことを微塵も受け入れるつもりのないあなたを、彼が受け入れるだろうか?