選挙だ。でも選挙権を得てこの方、投票に行ったことがない。政治には興味がないし、「清き一票」とやらが果たして本当に清き目的に資するものかどうかも疑わしい。今までは、投票しないのが当たり前のように思っていたので投票しなかったのだが、面倒だからなんとなく投票しないわけではない。投票しないのには、何か明確な根拠があるはずなのだ。今回の選挙を期に、なぜ自分が選挙に参加しないのかを改めて考えてみた。
そもそも、選挙とは何か?民主政治とは何か?というところから考えねばなるまい。少数のエリートに権力を委譲することによって、社会をより良い方向に動かしてもらおうというのが民主政治の目的であると思われる。民衆は選挙によって少数の権力者を生み出し、その権力の恩恵に預かろうとする。しかし個々の人間の求めるものはそれぞれバラバラであり、立場により、状況により、政治に求めるものは様々に変化する。
形は変わっても、人が求めるものは根本的に変わらない。何はともあれ自己の生活の向上であり、利益の追求であり、理想の具現化である。そして選挙が行われた時点で、より多くの人々が持っていた欲求が、その欲求に応えようと約束する人物を権力者に仕立て上げる。
何かをして欲しい、何かを与えて欲しいという欲求は、依存心から生まれてくる。民衆は政府に依存する。民衆の依存度が増すほど、政府は儲かる仕組みになっている。当然ながら、政府も民衆に依存している。両者は共依存の関係にある。政府の有り様は、民衆の欲求と依存が具現化した姿であると言えよう。
「あなたの一票が社会を変える」というのは明らかに嘘だ。また、社会を変えるために投票するというのも欺瞞である。本気で社会を変えたければ自分が政治家になればいい。自分では社会を変える気がないから他人にその権利を譲る、それが選挙なのだ。もちろん、政治家になったからといって自分の思うように社会を変えられるわけではない。政治家が民衆を道具として扱うように、民衆にとっての政治家も道具に過ぎないのだから。
僕には、世の中を変えたいという欲求がない。世の中を変えるより、自分を変える方が早くて確実だ。そして自分が変わらなければ、世の中も決して変わらない。そもそも、現状の社会システムを維持したままで世の中を変えようなどという考えは矛盾している。現在の社会はその構造からして、貧困や戦争や犯罪や差別を引き起こすような仕組みになっている。
僕は、人でありたいとは思うが、日本国民でありたいとは思わない。国や地域の文化を否定するつもりはないが、人が本当に解決しなければならない問題は、日本人であるとか、政治がどうだとか、そんな皮相なことにこだわっていて解決できるほど、生易しいものではない。権力者や専門家に任せるのではなく、個人個人が直接向き合わなければならない問題がある。それに気づいたら、選挙どころではなくなるのだ。