自分で自分の人生を左右する自由と責任を他人に預けておいて、いざ自分の 望みが叶わないとなったら、その他人に文句を言い出す。その他人とは、人によっては政府であったり、会社であったり、夫や妻であったりする。要するに身の回りの関係者や組織、環境である。
まず最初から、自由と責任を放棄しないことだ。そうすれば、自分の人生で起きることの全ての責任は自分に帰する。他の誰にも文句は言えなくなる。
自分に文句を言い、自分を責めるとしたら、それは心が分裂しているためだ。他に責める者がいないので、自分を二つに割って、あたかも他人を責めるようにその片割れを責める。そして、責めているほうの自分には責任がないという顔をする。どこかに逃げ道を作ることができれば、その分裂の結果として自身を滅ぼすことになろうとも構わない。
自由を求めるフリをして、決して自由にならないのは、責任を恐れるからだ。人が声高に叫ぶ「権利」とは、自己の責任から逃れる権利のことなのである。
まず最初から、自由と責任を放棄しないことだ。そうすれば、自分の人生で起きることの全ての責任は自分に帰する。他の誰にも文句は言えなくなる。
自分に文句を言い、自分を責めるとしたら、それは心が分裂しているためだ。他に責める者がいないので、自分を二つに割って、あたかも他人を責めるようにその片割れを責める。そして、責めているほうの自分には責任がないという顔をする。どこかに逃げ道を作ることができれば、その分裂の結果として自身を滅ぼすことになろうとも構わない。
自由を求めるフリをして、決して自由にならないのは、責任を恐れるからだ。人が声高に叫ぶ「権利」とは、自己の責任から逃れる権利のことなのである。