西洋におけるウェディングの歴史☆ | REVI BRIDAL オフィシャルブログ

西洋におけるウェディングの歴史☆


最近は雨の日が多く、梅雨らしくなってきましたねumbrella*

結婚式が多い土日だけでも雨が一休みしてくれれば良いのですが・・・ase

さて、今日もおめでたいニュースからご紹介します(*^▽^*)

歌手のリリー・アレンさんサム・クーパーさんが11日、
南西イングランド・グロスターシャーのセントジェームス・ザ・グレート教会で結婚式を挙げられましたベル

リリーさんはレースが美しい「デルフィーヌ・マニヴェ」のウエディングドレスに
サイドに花飾りがついた長いベールを被り、クリーム色やピンクのバラでできたブーケを手にしていたそうですはな

そして結婚式中には、現在妊娠16週目であることも発表はな
2つの嬉しい出来事に涙を流す友人もいらしたそうです(*^▽^*)

大切な人の幸せは自分にとっても大きな幸せになりますよねスター
無事に元気な赤ちゃんを産んで欲しいと思いますニコニコ

さて、前回は日本のウェディングの歴史をご紹介しましたにこにこ

前回に引き続き、今回は西洋におけるウェディングの歴史をご紹介したいと思います!


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■古代ギリシャ
古代ギリシャの結婚式の様子は、聖なる泉で新郎新婦となる二人の水浴びから始まったといいますにこにこ
花婿は白い衣装を着用、花嫁は色のついた衣装を着用し、顔はベールでおおいかくしました。
婚礼は花嫁の家で行われ、親族や友人などが集まり、結婚の儀式に続いて祝宴が催されましたキラキラ

夜になって宴が終わると、花嫁は親族をともなって、花婿の家へ向かいました。
道中、人々は手にたいまつを持ち、花嫁の付添人は婚礼の歌を歌い、
また花婿は牛のひく車に乗って、その行列に加わりました牛

嫁ぎ先の家では花婿の母親が待っており、到着した人々は二人の寝室に麦をまき
二人は母親によって、寝室に案内されました。

この時まで、花嫁は顔をベールで隠したままで、客人が帰った後にようやくベールをとって
花婿の前に姿を現したといいますにんまり

はなウェディング豆知識はな
『麦をまく』という行為は、多産の象徴であり、この『麦をまく』という行為が
現在の『ライスシャワー』になり、ライスシャワーが挙式の定番演出となっている
『フラワーシャワー』につながったと言われていますakn

■古代ローマ
古代ローマの婚礼では、結婚が決まると、二人の両親や親族が招待されて、婚約式が行われました指輪W★
婚約式では、招待客が二人の婚約の証人となりました。

いよいよ結婚となると、花嫁は結婚式の前夜から婚礼衣装を着用し、当日は自宅で家族とともに
花婿とその家族を迎えたといいます。
一族が揃ったところで、神殿か家の中庭で動物のいきにえを捧げて、結婚を誓いましたゆびわピンク

それから祝宴が夜まで続き、古代ギリシャの婚礼同様、花嫁は行列をなして、
花婿の家まで向かったといいます。

ローマが共和政の時代に入ったころには、特別な儀式を経ずとも、夫婦となる意思を当事者二人が持ち
同棲を始めれば正式な婚姻とされていたそうで、同様に夫婦どちらからでも自由に離婚ができました。


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■キリスト教と結婚
キリスト教が誕生したばかりの紀元2世紀初頭、イグナチオスという大司教が
「花婿と花嫁は大司教の同意を経て婚姻すべし」という要請を公表しましたあせ
その理由は婚姻が主イエス・キリストにしたがってなされるためで、この要請にしたがう男女には
神の祝福が与えられると約束されていましたきらきら

これによりキリスト教徒は、法律的な婚姻の儀式のあと、
司祭からの祝福が授けられるようになることを望むようになったといいます。

10世紀ごろには教会で結婚式が行われるようになりました教会
この頃にはキリスト教会が強い権力を持ち、婚姻は男女が神と契約を結ぶものであり、
その管理を教会の務めとし、婚姻に際しては教会で司祭の祝福を受けることが慣習化されていきました。

また教義の中で、一度結婚した相手とは死によって別離するまで終生共にし、
貞操を守る義務(浮気禁止バツ)を課し、
結婚を秘跡のひとつとして定め、宗教的な儀礼として様式化していきました。

■近代の結婚
16世紀、イギリスでは国王ヘンリ8世が最初の妻カザリンと離婚をめぐって、
ローマ教皇の支配から離コモン・ロー婚脱を強行し、英国国教会を打ち立てました。

当初の教義は、カトリックとはほとんど変わりませんでしたが、この頃宗教改革の影響により、
婚姻は民事的な契約であるという考えが広まっていきました。

1653年には民事婚条例が出され、結婚に際しては当事者が判事の前で婚姻を誓うことで
法的に有効となりました。

1753年にはその婚姻法も改正され、婚姻予告の公示を行ったあとで、
英国国教会の司式規則にのっとった儀式を行うことで有効と認められるようになります。

当時イギリスの植民地であったアメリカでは、結婚は当事者の合意があれば成立する、無式結婚式でした。
これをコモン・ロー婚といい、イギリスでは禁止されたこともありましたが、
植民地アメリカでは適用されませんでした。

アメリカでは1776年の独立以降、一般に婚姻は民事契約と考えられ、今日に至っています。


日本の歴史とはまったく違う、西洋のウェディングの歴史おほしさん

でも日本の歴史と西洋の歴史がそれぞれ存在しているからこそ、
現代のウェディングがあるのだと思いますtriple heart*

日本と西洋両方の良いところを取り入れたウェディングも素敵かもしれないですね(*^▽^*)


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